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 女というものは、魔物以上に恐ろしい相手だ。
私は修羅場にも似たこの重苦しい状況に今尚、立たされている。
それにしてもクラウディアの奴、何故私の言うことは信じず、
この会った事のない子の言うことは全部鵜呑みにするんだ?
そんなに私は信用できないのか…傷つくなぁ。

「全く!私は情けないわ。一児の父が、こんな小さな子をたぶらかしてたなんて…」

「どうしてそうなるんだ…何度も言うように、この子と会うのは今回が初めてで…」

 そんなやり取りの中、元凶…と言ったら聞こえは悪いが、
困った発言をした張本人が、何故か私から、クラウディアの方に顔の向きを変えた。
そして、更なる問題発言を飛ばしてきたのだ!

『最初はアンタのことを狙ってたけど、気が変わったわ。
 そこの女!まずアンタから殺(ヤ)らせてもらう!』

 …………。
その場の時間が再び止まってしまった。
仮面の子の発言に対して、私にはもう、何も言葉も発することが出来なかった。
こんな小柄な若い子が、女同士でヤるだのそんなはしたないことを…!
これは健全な小説だぞ?もう少し言葉を選ばないか言葉を!
まったくもって、最近の若者が考えることはよく解らん…。

 流石にクラウディアもこの子の発言をヘンに思ったのだろう。
さっきまで私に向けていた怒り顔をすぐに解き、
そして仮面の子のもとにズカズカ近づいていった。

「あんたねぇ。さっきから自分が何言ってるか解ってるの?
 やるだのするだの、女の子がそんな事言うもんじゃないの!
 これはR指定の小説じゃないのよっ!」

 おお流石クラウディア。私の考えていることと同じことを言ってくれたか。
だが「する」とは言ってないぞ…。

 そして尚も仮面の子に詰め寄るクラウディア。

「大体ね、そんな妙な仮面なんか被っちゃって、
 用があるならまず素顔を晒すのが常識じゃないの?」

 そう言うと、彼女はその子から仮面を剥ぎ取ってしまった。

「…っ!」

「!」

『……』

 三度目の静寂が辺りを包み込んだ。
しかし今度の沈黙は、これまでのものとは明らかに違う。
仮面の下から出てきた少女の素顔は…。

「あ、あなた、その目は…」

そう、仮面の子の目は、なんと一つ目だったのだ。

『うっ…み、見たな!』

 仮面をとられた一つ目少女は、驚いたように目を大きく開けたかと思うと、
直ぐに鋭い目つきとなり、怒りを露にする。

「ご、ごめんなさい。私、知らなくて…」

『うるさいっ!元々殺るつもりだったけど、もう許さないわ!
 覚悟しなさい!』


 どうやら少女は素顔を見られたことで相当取り乱しているようだ。
これは何とかしなければ…。

「あぁもぅ何やってるんだクラウディア。
 その仮面をすぐに彼女に返してあげなさい」

「え?あぁ、うん。そうね。ごめんなさいね、お嬢ちゃん」

 クラウディアは、その手に持っていた仮面を少女に差し出した。
それを少女はブン取り、尚もクラウディアを睨みつけている。

「…彼女がしたことについては、私からも謝るよ。どうか許して欲しい。
 まさか顔にコンプレックスを持っていたとは知らなかったんだ」

『…っ!』

「お詫びと言っては何だが、今度もし困ったことがあったら、私を訪ねてきなさい。
 普段なら依頼料をとるところだが、特別に無料にするから」

『…あ、ありがと』

 一つ目少女は、ようやく表情を緩めてくれた。
少しは機嫌を直してくれただろうか…。

「さてと、では、よかったら家まで送ろうか?君の家はトコなんだい?」

『!…い、いい!一人で帰れる!』

「いやしかし、女の子を一人で帰らせるのは…」

『いいって言ってる!私はここまで一人できたんだからっ!』

「そ、そうか…」

 そして少女は、その場から逃げるかのように走り去った。
まだ機嫌を損ねているのだろうか…。
そう思っていたら、急に立ち止まり、少女はこちらを振り向いて、

『わ、私は‘マリーナ・エマン’さ、さっきはありがと…』

「ん?…あぁ」

 それだけを言うと、少女、いやマリーナは今度こそこの場を去っていった。

「結局、何の用だったのかしらね?」

「さぁ?だが、大事な用ならまた来るさ。
 それよりもお前、さっきは随分な取り乱し様だったな」

「あ、あれはあの子が妙なこと言うから…」

「だがよく考えてみたら、あの子は‘私狙い’とは言っていたが、
 ‘過去に私と何かした’とは言ってなかったぞ。何を勘違いしていたんだ…」

「え?あ、あれ、そうだったかしら?オホ、オホホホホッ…」

 全くコイツは…本気で困ったじゃないか。

「おとうさーん、おばちゃーん!誰か来てたのー?」

 ふと、家の中から息子の声が聞こえてきた。
さっきまでのやりとりが、家の中まで聞こえたのだろうか?

「ああ。だがもう帰ったよ。どうやら仕事の用ではなかったようだ」

「そうなんだー。お父さん、おばちゃん、なんか大きな声が聞こえたけど、
 ケンカしちゃダメだよー!」

 …聞こえてたか。
我々は息子に注意され、そして再び家の中へ戻ることにした。
正直、もう今日は外に出る気力は無い…。

…………
……


 不覚!
マリーナは心の中で強くそう思った。
怪異調査員やあの女を葬るには十分な時間があったし、あんなに隙だらけだったのに、
何故か攻撃できなかった。

『…それに、あの男が私に向けてきた表情(かお)が…』

仮面を剥いだことを詫びていた男の顔を見て、何故か動揺してしまった。
何故だろう?こんなこと、今まで一度だって無かったのに…

『べ、別に私は、自分の顔にコンプレックスなんて持ってない!…わけじゃないけど…』

 あの時、怪異調査員が私に対して掛けてくれた言葉が、頭から離れない。
まさか、敵にあんなコト言われるなんて思ってなかったから。

『一体どうしちゃったんだろう私。まるで、ヘンな魔法にかかったみたいな…』

 !そうか!
そういえばあの怪異調査員は魔法が使える!
てっきりそれは攻撃魔法だとばかり思ってたから、全く以って不意を突かれた!
この気持ちの違和感は、奴がかけた魔法の所為だったのか!

『あいつ…レグルスって言ってたわね。
 そっちがその気なら、もう容赦しないわ!
 …確か今度会うときには、無償で依頼を引き受けるって言ってたわね。
 だったら依頼してやるわよ。私の手にかかって死になさい!

 マリーナはそう心に強く決めるのだった。
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