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第八話|二つの依頼
仮面の存在の襲撃で受けた傷もほぼ完治した頃、
外はすっかり冷え込むようになっていた。
季節は冬。アルダナブは月輝国のように四季がハッキリと分かれているわけではないが、
それでもこの時期はとても冷えるということは変わらない。
例年この時期になると、積雪日が多くなってくる。
今日も一面は銀世界。こんな日にも依頼が来ているのだから少々困ったものだ。
「ねえお父さん、今日はドコ行くの?」
しかし、そんな寒い時も元気いっぱいな子が傍にいる。そう、ブレイヴだ。
最近私がケガしたこともあり、まともに遊んでやることも出来なかったから、
ご機嫌とりで今回の依頼に誘ってやったら、喜んで付いてきてくれたのだ。
「ん?今日はな、隣国のアルセルファに行くことになっているんだ。」
「そこって、この前
タンたんがいたところだよねっ?」
「ああ、そうだったな。もしかしたら、また会えるかもしれないな」
「わぁ!楽しみだなぁ~!」
タンたんとは、以前私に来た依頼『謎の生物探し』で出合ったブレイヴのお友達だ。
結局そいつには逃げられてしまったが、無理矢理捕まえるのも可愛そうだと思い、
その時はそのまま帰ったのだ。
息子の友達なら尚更乱暴には出来ないしな。
「でもあんまり期待しない方がいいぞ。
今回は前に行った森からちょっと離れた場所に行くから」
「え?そーなの?」
「今回は海辺に用があるんだ。お前も会ったことがあるだろう、碧(ピョク)から依頼があってな」
「ピョク?…あ!あのお兄さんだね?」
そう、今回の依頼は、私とは旧知の仲となる、
ピョク・スンイクがよこしたものだ。
なにやら冬の海岸に、奇妙な生物が現れたとか。
…この前、月輝で会ったのグロテプスじゃないだろうな…。
こうして、息子との会話が一通り済むと、国境が見えてきた。
前回ここに来た時には、車に隠れていたブレイヴを見つけたっけなぁ…。
「ん?…おいおい、あれは…」
そこで私は、この季節ではあり得ないだろう姿をしている男を見つけてしまった。
…ランニングシャツにジーンズ姿で冬を過ごしそうな奴は、私の知る限り一人しかいない。
「こんなところで何やってるんだ、サム?」
「んぉ?…おお!レグルス!それに坊主まで!お前ぇらこそどーした?」
「仕事だ。お前もか?」
「まーな。ちょーどこの辺の森に用があってな」
「…森に?」
「何でも、鳥のようなイルカのような、奇妙な生物を見たっつーからさ、
そいつを捕まえてくれって依頼があってなぁ」
「!…タンたんだ!」
サムの言葉に真っ先に反応したのはブレイヴだった。
確かに今サムの言った生物の特徴は、以前その森で会ったUMAにそっくりのようだった。
「ねぇ!タンたんのところに行くの?タンたんがどこにいるのか分かるの?」
「なんだボーズ?ソイツのこと知ってんのか?
だったら、オジさんと一緒に来るか?」
「待て待て、私たちはこれから仕事なんだ。
残念ながら今回はお前の仕事には協力できないぞ」
「オレはボーズを誘ってるだけで、お前まで来いとは言ってねーぜ」
だからお前は安心して仕事してこい…ってか?
安心できるワケがないだろう!
「お前にウチの息子の子守りが務まるのか?」
「なんだよ、信用ねーな。長い付き合いだろ?」
「だからこそ心配なんだ。息子にバカがうつっては困るんでな」
「うっわ!ひでぇコト言うなぁ。オレって、そんなにバカに見えるかー?」
「雪の日にそんな格好で出歩く奴がバカ以外の何者だというんだ」
自分の格好を指摘されたサムは、キョロキョロと着ている服を見渡してみせる。
私から言わせれば、そんな薄着で山や森に行くのは、
わざわざ凍死させてくださいと言っているようなものだと思うのだが…。
「…別にいつもと変わんねーだろ?オレから言わせりゃ、
そんなブカブカしたモン着てるオメーらが軟弱物だと思うぜ?」
対する我々はそれなりの防寒対策はしてきているつもりだ。
マフラーとまではいかないが、それでもロングコートや暑い手袋ぐらいはしている。
寒空の下なら、どちらの格好が妥当か、普通の人間ならわかるだろう。
「…まぁ、それはいいとして、だ。
父親として、息子をよそに預けるのは気が引ける。
だから今回は諦めて一人で行ってくれ」
「けどよぉ、オメーらはその謎の生き物を見たことあるんだろ?
オレは見たことねーから、見た奴の協力がどーしても欲しいんだよ!
ボーズだって、そのタンタンメンに会いたいだろ?」
「うん!会いたい!」
「…タンタンメンじゃなくて‘
タンたん’だ、サム。
それからブレイヴ、コイツと行ったって、必ず会えるとは限らないんだぞ」
「で、でもぉ…」
「……また迷子になりたいのか?」
「も、もう平気だもん!」
どうやらブレイヴは私の仕事の手伝いよりも、タンたん探しの方がいいらしい。
まぁムリもないが…。
「碧も私たちのことを待っているんだ。
探すのは帰ってきてからでもいいじゃないか」
「でも、三人でタンたんを探せば、すぐ見つかるかもしれないよっ!
ちょっとの時間だけなら、お兄さんも怒らないと思う」
……いや、絶対怒る。アイツなら…。
「んで、どーすんだ?オレとしては付いてきてもらいてぇんだが…」
痺れを切らして、サムは私たちに来るか来ないか、結論を催促してくる。
「…わかったよ。お前の仕事の協力をしてやる」
「うお!マジか?」
「但し時間をくれ。こちらにも仕事があるからな。どちらを先にするかを決めてから行く。
だからお前は先に行って、それらしい生物を探しててくれ」
「ン…わーったよ」
そして、サムは先に謎生物がいるという森へと歩いていった。
さて、我々は…。
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