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「ちょっとレグルス!怪我人がタバコなんて吸わないの!」

 自宅で療養中の身である私は、何もすることがなかったため、喫煙していたのだが、
それを見たクラウディアがいきなり注意しにこちらにやってきた。

「…この腕じゃロクに仕事も出来ん。退屈な時ぐらい一服しても構わんだろう」

「あなたねぇ。今日はブレイヴだってこの家にいるのよ。
 子供の前でタバコなんて、良いワケ無いでしょ!」

「大丈夫だ。今日はアイツには地下書物庫で本の整理をさせている。
 ‘私の仕事の手伝い’ということで、喜んで引き受けてくれたぞ」

「はぁ…偉いわねぇブレイヴ君は…一体誰に似たのかしら?」

「…おいおい。それではまるで私がだらしの無い人間のように聞こえるじゃないか」

「実際そうじゃない。この家の面倒は、一体誰が見ていると思ってるのかしら?」

「うっ…」

 そう言われると言い返せない。
確かに仕事上家を空ける時はいつも彼女に留守番を頼んでいるし、
私が仕事で手が離せない時にブレイヴの相手をしてくれるのも彼女だ。
いやそれだけじゃない。我が家の殆どの家事は彼女に任せてしまっている。

「あ、あぁ。いつもお前がいてくれて本当助かってるよ」

 そう言いつつ、私はその場を立ち、彼女から逃げるように部屋を出ることにした。

「あ、ちょっと!どこ行くのよ」

「自宅での喫煙がダメなら、外で吸うのさ。それなら文句ないだろ」

「無いわけないじゃない!
 タバコなんて身体に悪いもの、いい加減止めなさいって言ってるの!
 それに怪我人にうろうろされちゃ困るのよ!」

 …やれやれ。うるさくてかなわん。
心配してくれるのは有難いが、こういつも監視されては心が休まらない。
いよいよ私は家を出て、クラウディアの目の届かない場所まで行こうと決心した。
したのだが…。

「…まだついてくるのか?」

「当たり前じゃない。怪我が治るまで安心できないわ」

「…本当に信用無いなぁ。お前は私の保護者か?」

「ばっ!馬鹿言わないでよ!私はただ貴方の身体を心配してるだけで…」

「ふふっ、わかっているよ。だが私のことは心配無用だ!じゃあな」

「あ、ちょっと!コラー!待ちなさい!」

 クラウディアの制止を振り切り、私は玄関のドアを開けて、外に出た。
すると…。

「ん?」

 見知らぬ小柄の人間がそこに立っていた。
それも変な仮面を被って…。

「?…君は?」

『怪異調査員の人ね?』

 仮面を付けているが、発した声からして、どうやら女の子のようだ。

「そうだが、もしかして仕事の依頼かい?
 だが生憎今は仕事を休んでいるんだ。この通りケガをしてしまってね
 悪いが他をあたってくれ」

『依頼なんて無いわ。私はアンタ自身に用があって来たの』

「私に用?」

「…女の人?ちょっとレグルス!この子に何かしたのっ!?」

「し、知らん?この子とは今回会うのが初めてだ」

 何を勘違いしたのか、クラウディアは私がこの子に何かしたと思ったようだ。
だが声からして、全く覚えが無い。そもそも何故この子は仮面を付けているのだ?

『アンタ、(なんか凄い剣幕だけど、)もしかしてコイツ(の命)を狙ってるの?』

「…はい?」

『悪いけど、この男(の命)は私のものよ!』

 …………。

(な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!)

 一瞬、その場の時間が止まったかのような静寂が広がった。
い、いきなり何を言い出すんだこの子はっ!
 私は突然現れ、こんな仰天告白をしてきた仮面の子に、
何か心当たりがないかを必死で思い出そうとした。
しかし、やはり全く身に覚えがない。
そして次の瞬間、私は背筋におぞましいオーラを感じた。

「……ふぅ~~~~~~ん」

「な、何だクラウディア!
 そ、そんな妖怪のような声を出して…」

 いや、その威圧感は妖怪のそれ以上だろう。
クラウディアは笑顔のまま、私を見つめてくる。それが逆に怖い。

「あなたって人は…ブレイヴ君ていう一人息子がいながら…」

「ま、待て待て待て!落ち着くんだクラウディア!
 何を勘違いしている?私にはこれっぽっちも心当たりが無…」

「とぼけるんじゃないわよ!じゃあこの子の言ったことは何なのよ!」

「だから私には身に覚えが無いんだって!ほら、君もそんな冗談を言うんじゃない」

『冗談なんかじゃないわ。私は本気よ!』

 こ…こいつは……。
冗談にも程があるそ。
ほら、私の隣にいるクラウディアの視線が、ますます痛くなるじゃないか。

「見損なったわ。あなたのことは昔から何でも知ってるって思ってたのに。
 まさかこんな子をたぶらかすような男だったなんて…」

「いや…だからな、これはきっと何かの間違いだ。
 昔からの付き合いなら分かるだろ?
 私がそんな真似するような奴じゃないということは」

「そうやって今まで紳士の仮面を被って、私を欺いてきたのね?
 あなたって人は…サイテーよ!」

「仮面を被ってるのはこの子だろ!
 頼むから私の言うことを信じてくれ…」

『…この女、怪異調査員を追い詰めている……。
 アイツが散々私に‘注意しろ’と言ってた、あの怪異調査員を…。
 やっぱりこの女、かなりの実力者ね。
 怪我人をいたぶるだけじゃつまらないと思ってたから、ちょうどいいわ…』

 仮面の子が何かボソリと呟いたようにも思えたが、今はそれどころではない。
目の前の、冷静さを失ったクラウディアを何とかしなければ!
何故か私は、人生最大のピンチに陥っていた。
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