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「覚悟しやがれ!グロテプス!」

 グロテプス(サム命名)に向かって、一直線に走り出すサム。
当然、サムの分かり易すぎる攻撃など、怪物には通用しない。
サムがハンマーを振る前に、前の手で弾いてしまう。

「うぐぉ?」

 サムの巨体すら吹き飛ばすグロテプスの強大な腕力。
これだけ発達した肉体なら、銃弾が通らないのも頷ける。

「こるぁレグルス!解説ばっかやってねーで、オメーも手ぇ貸せよ!」

 勝手に突っ込んでいっておいて、よく言う。
だが確かにアイツの言うとおりだ。
時間を掛ければ掛けるほど、辺りが怪物に踏み荒らされる。
早いトコ、黙らせてやるか。

「よしサム、一旦怪物から離れるんだ」

「おお!」

言われたとおり間合いを取るサム。
よし、この位置からなら確実に当てられる!

「ハイポシス・ウェーブ!」

 しかし!

『グルルルルル!』

「お、おいレグルス!どーしたんだよ?まさか不発か?」

「…どうやらそうらしい。何故かは分からんが、魔法が使えない!」

「なにぃ?」

 おかしい!何故だ?
この前まで普通に使えていた魔法が発動しない、だと?
呪文の詠唱に間違いは無かった。なのに何故…?

「チィ!仕方ねぇ!レグルス!こーなったら同時ハンマー攻撃だ!」

「…!待てサム!ヤツの様子がおかしい!」

少なからず動揺していた私だが、サムの呼びかけに振り向こうとした時に、
相手の異変に気が付いた。
急に立ち止まり、これは…息を吸い込んでいるのか?

「む?何か来るぞ!サム、そこから動け!離れるんだ!」

 そう叫んだ瞬間…。

『ガァァァァッ!』

 何やらグロテプスが、強い息吹(ブレス)を吐き出してきたようだ。
よく特撮映画やビデオゲームなどに登場する怪獣は、炎を吐いてくるものだが、
この怪物は炎を吐かなければ吹雪も光線も吐いてこない。
強いて言うなら、かなり強烈な悪臭が辺りに漂ってくるくらいだ…。
…ん?

「お、おいレグルス、み、見ろ、オレたちのいた場所が…!」

 そう言ってサムはもといた場所を指をさした。

「あんだけ草原が、みんな腐っちまってる!」

 見ると、物陰に隠れた部分以外はみんな腐敗している。
そして我々の隠れていた大木も、怪物と面していた部分は見事に腐り、枯れ始めてきた。

どうやら今の臭い息はただ悪臭をばら撒くだけでなく、
触れたものを腐らせる腐敗効果ガスだったようだ。
 これでは容易に近づけない。
正面から挑めばあの臭い息の餌食となるし、
背後にはサソリのような鋭く尖った尻尾がある。
となると…。

「サム、横にまわるぞ。私が左、お前が右だ」

「どーするんだ?」

「いくら腕があろうが関係ない、同時に攻撃すれば必ず隙が生じる。
 そこをお前自慢の一撃で倒してやればいい」

「大丈夫か?
 直ぐに向き変えられて、あの臭い息の餌食になんの、オレぁゴメンだぜ?」

「ヤツもそんなに俊敏には動けんはずだ。あの巨体を支えている太くて短い足ではな」

「…よし分かった!オメーこそ足引っ張るなよ!」

 簡単な作戦をたて、今度は二人がかりでグロテプスに挑んだ。

「うりゃ!とりゃ!そりゃ!」

 サムが軽快にハンマーを振り回すのに対し、私の場合は怪物に当てるのだけで精一杯だ。
それでもこの化け物の注意を惹き付けるには十分だろう。
 最初は我々のあらゆる攻撃を弾いてきた四本の腕だが、だんだん対応が遅くなっていく。
思ったとおりだ。人間だって左右別々の動きを維持させるのは簡単なことではない。
腕がたくさんあるコイツなら尚のこと。根気強く攻めていればいつかは好機は訪れる!

 そして、その好機はすぐに訪れた!
サムの重たい連打に気をとられていたグロテプスは、私への注意が逸れていった。
好機!しかし私の一撃ではコイツは倒せないだろう。
そこで…。

「これでもくらいな!」

 そう言って私が攻撃の対象として選んだのは…目だった。
私側の目…左目もサムの方を向いていたので、
その隙をついて、私は砂を投げつけて目潰しをした!

『グゲェェェァ!』

 その外見にも劣らぬ醜い奇声をあげて、怪物は突然の不意打ちに驚き、暴れだす。
これでは逆に一撃を食らわすのがかえって難しい。
しかし、これも計算の内だった。

「そら、エサの時間だ!よーく味わいなっ!」

 今度はその大きく開けた口に、サムから貰ったハンマーを放り込む。
突然口の中に入ったハンマー。一瞬怪物の動きが止まる!

「今だサム!」

「あいよっ!
 ぅおりやぁぁぁ!
 砕け散れぇぇぇ!」


どぐぉぉぉっ!

 絶妙なタイミングでサムのハンマーショットがクリーンヒットした!
しかも、私の投げたハンマーとサンドイッチ状態となり、
口の中もグチャグチャになっていることだろう。
その場に崩れる怪物。暫く唸っていたが、やがて動かなくなった。

「ふ~!ナイスアシスト、レグルス」

「お安い御用…と言いたいところだが、
 お前のくれたハンマーを散々振り回したおかげで、腕がとれそうだ」

「お前ほんっと筋力ねーなー!もっと鍛えとけよ」

「あ、あぁ。考えておこう」

 流石に今回は参った。これは暫く酷い筋肉痛に悩まされることだろう。
そんなことを考えながら、ふと上空を見た時だった。

「ん?あれは…」

「どーした、レグルス?」

一瞬、黒い何かが空の一部に映って見えたような気がしたが…。
しかしそれをしっかり確認する前に、その何かは見えなくなってしまった。

「ん~?なんだよ。何も無ぇじゃネーかよ!
 おいおい、ついに見えちゃいけない幻覚(モノ)見ちまったってかぁ?勘弁してくれよ~」

「…見間違いか?今黒い何かが見えたような気がしたんだ」

「黒い何か?…おおぅ、そーいや、
 あの石版にも何か“ワザワイ”だの何だの書いてあったってなー」

「うむ。もしかしたら…いや、まさかな」

 もしかしたら、魔法が使えなかったことと何か関係があったのかも。
その考えが一瞬私の脳裏に思い浮かんだ。しかし私は考えるのをやめた。

「さて、東議員のもとに行こう」

「そーだな!報酬、たんまり貰えたらいーなー」

「…いや、今回はこの辺りの被害も大きいから、あんまり期待できないだろう」

「そ、そんなぁ…」

 そんな他愛の無い会話をしながら、私はあの黒い何かについて考えていた。

(…まさかな。多分あれは私の見間違いだったのだろう)

 今にして思えば、この時の私は疲労感のせいで注意力が散漫していた。
まさかこれから、あの黒い存在が我々を脅かす大きな『災い』になろうとは、
この時の私は、微塵にも思っていなかったのだ!
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