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第二話|ブレイヴとUMA
ヨーゲルの空気もすこし乾燥してきたようだ。
窓の外を見て、季節が移り変わっていくのを感じていると、
奥の部屋からドタドタと慌ただしい音が聞こえる。
そして暫くして、その音の主がこちらに近づいてきた。
この家には2人しか住んでいないので、それが誰かは明らかだ。
「おはよう、お父さんっ!朝ごはんまだ?」
ブレイヴである。
「おはよう。もう少しで出来るから、もう少し待っていなさい」
「よく言うわね。そういうセリフは、ちゃんと朝ごはんを作ってる人がいうものよ」
息子に返事をしていたら、キッチンからアイツの澄んだ声が聞こえてきた。
「ああ、すまんすまん。家事はお前に任せっきりにしてたな、クラウディア」
「おはよっ、おばちゃん!」
「おはようブレイヴ君。でも、その“おばちゃん”は出来ればやめてほしいなぁ」
「えー、なんで?」
あぁ、そういえば紹介がまだだったね。
この、ブレイヴが“おばちゃん”呼ばわりする女性は『
クラウディア・コカブ』
私の昔なじみで、未だに独身。この家の向かいで、ケーキ屋を営んでいる。
男手一つで息子を育てるのは大変だろうと言い、よく我が家にやってきて、
家事やブレイヴの相手をしてくれる。本人はもう、ブレイヴの母親気取りさ。
ただ、息子に“おばちゃん”と呼ばれるのだけは気にしているらしい。
確かに見た目は若いが、もう“お姉ちゃん”と呼ぶような歳でもないだろうに…
「ん~?なんか言ったかしら、レグルス?」
「い、いや、気のせいさ…」
流石にコイツには逆らえない。過去にも色々あったし、
ヘタなことを言ったら食事抜きにされるだろう。
何があったのかって?…訊かないでくれ。
「それはそうと、今日は早起きなのね、二人とも」
「今日“
は”じゃない。今日“
も”だ。ちょっと仕事が入っててね」
「え?お仕事?どんなお仕事なの?」
…しまった!“仕事”という単語にブレイヴが過剰に反応してきた。
今回の仕事は息子には内緒にしていようと思っていたが、つい口に出してしまった!
こいつに知られたら、絶対ついてくるって言い出すぞ。
「あ、あぁ。実は隣国
アルセルファからの要請で、
謎の生物が確認されたのでその調査をお願いしたいんだそうだ」
「ふーん、それってどんな姿をしてるの?」
と、クラウディア。
「金色の鳥のようであり、小さなイルカのようでもあったという。
特異的な姿をしていれば、すぐにわかるさ」
「ねぇお父さん、今度こそ一緒に行ってもいいよね?」
…ほら来た。
「残念だが連れて行けないよ。それに今日はお前は学校に行かないといけないだろう」
「えー。学校よりお父さんのお仕事の方が面白そう!行かせてよー!」
「頼むから父さんを困らせないでおくれ。クラウディア、お前からも言ってやってくれ」
「そうねぇ…たまにはいいんじゃない?連れてってあげても」
くっ…そんな事言うか…。
「いいや。ブレイヴ、今日は言うことを聞いてちゃんと学校に行きなさい。
ちゃんと言うこと聞いてくれたら、“ごほうび”をあげるから」
「ごほうび?何?何をくれるの?」
「それは帰ってからのお楽しみだよ。待っていられるね?」
「…うん、わかった」
厄介者を追い払うようで心が痛むが、仕方が無い。
今回の依頼は危険度は低いだろうが、
平日に学校をさぼらせてまで連れて行くわけにはいかない。
「さて、そろそろ朝食にしよう。クラウディア、用意してくれ」
「はいはい。でもレグルス、たまには子供の頼みごとも聞いてあげないとダメよ。
グレちゃっても知らないんだから」
「そうならないように、留守中の世話はお前に任せてるじゃないか」
「あーのーね!一応アンタの子なんだから、ちゃんと責任を持ちなさいって言ってるの!」
「いや悪い悪い。お前にはいつも感謝しているよ」
…やっぱりコイツには頭が上がらないなぁ。
朝食を済ませた後、ブレイヴのことはクラウディアに任せて、
私は隣国へ車を走らせた。
車で6時間ほど走り、ようやくアルダナブとアルセルファの国境を越えた。
ここから、例の謎生物の目撃地までは、歩いて一五分ほどかかる。
少し入り組んだ場所だけに、これ以上車での移動は不可能のようだ。
私は車のトランクを開けて、昼食の弁当(簡素だが)と荷物を取り出そうとした。
…が!中には私の想定外のものも入っていた!
「う~ん…」
「ぶ、ブレイヴ!お前、どうして?」
見ると、私の息子がトランクの中に入り込んで、目を回しているではないか!
急いで外に出し、私は息子の名前を何度も呼んで、意識があるか確認した。
暫くすると、どうやら目がさめたようだ。
「ん…ぁ、お、お父さん…」
「ブレイヴ…どうしてだ。どうしてついてきた」
「ごめんなさい。おれやっぱり、どうしてもその生き物に会ってみたくて…」
ブレイヴはこれまでの経緯を私に教えてくれた。
あの朝食の後、片づけをしているクラウディアの目を盗み、
既に弁当や荷物の入ったトランクの中に入り込んだのだという。
ちょうど私が忘れ物が無いか、一度部屋に戻っていた、ほんの一瞬の間のことだ。
(ごめんねお父さん、おれ、今日一日悪い子になります…)
聞こえるはずも無い小さな声で私に謝り、
そしてそのままトランクの中でジッとしていたらしい。
ただ、思いのほか揺れて、途中で意識を失ったらしいが・・・
「…ごめんなさい…ごめんなさいぃ…」
「ふぅ…もういいよ。父さんと一緒に、その謎の生き物を探しに行こう」
怒られると思ったのか、我が息子は今にも泣きそうだ。
そんなブレイヴを私は許し、共に謎生物の捜索に向かうことにした。
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