第一話|フロンス・スコルピの企み

「お父さーん!お客さんだよーっ!」

 近所にまで届きそうな元気な声が玄関から聞こえてくる。
息子だ。私の一人息子、ブレイヴが私を呼んでいるらしい。
どうやら本日来る予定となっていた依頼人のおでましのようだ。

「わかった。今行く」

 息子にそう返事をし、私は広間から玄関へと向かうことにした。
…現在の時刻は朝の八時四五分。
ゆっくりとティータイムを楽しみたかったが、折角来た客人を待たせるわけにはいけない。

「お待たせしました。私に何かご用でしょうか?」

「あ、あの…貴方がレグルス・サウザーさんですか?」

「おっと、失礼。私としたことが自己紹介を忘れていましたね。
 いかにも、私がレグルスです。あなたは?」

「あの…警察の方からの紹介で・・・捜してもらいたい人がいるのです」

「…あぁ。貴女がそうでしたか。話は伺っております。
 さ、立ち話も何ですから、とりあえず上がってください。
 詳しいお話は応接間で聞きましょう」

 我が家を訪れた客人は、若い女性だった。見たところ東洋人のようだ。
話を聞くところ、やはり彼女は『依頼人』のようだ。
私は彼女を応接間まで案内し、そこで依頼内容を聞くことにした。

 名乗り遅れたが、私の名はレグルス・サウザー。
東洋諸国ともつながりの深い国、アルダナブ国の都市ヨーゲルに住む、三四の中年親父だ。
職業は『怪異調査員』と呼ばれる、世間ではあまり知られていないものだ。
要するに数年前から世界中で起きている奇妙な現象や事件を調査・研究し、
場合によってはその解決まで任されるというものである。
そして調査依頼は、実際に奇怪な出来事に遭った者、あるいはその関係者から直接聞かされる。
警察や探偵、情報屋などを通してからとなるが・・・

「さて、それではお名前を教えてくれませんか?」

「佐東 優(サトウ・ユウ)です。“月輝”から来ました」

「そうですか、それはまた遠い場所から来ましたね」

 月輝(ゲッキ)とは、ここ、アルダナブよりずっと東の島国。
月夜に照らされた大地が黄金色に輝いて見えたことから、
黄金の国とも呼ばれていた小さな国だ。
昔から縁あって、アルダナブとは親交が深かったりする。

「それで、依頼内容は?」

「はい。実は私の夫を捜して頂きたいのです」

「私に頼むくらいです。只の蒸発事件ではないのでしょう」

「そうです。昨日、私たちはこの国へ観光旅行で来たのですが、
 北の森を散歩していたら、突然赤色の霧が現れて…
 靄が消えたと思ったら、隣に居たはずの夫がどこにもいなくなっていたのです」

 北の森か…知る人ぞ知る隠れた名所だな。
別名ヨーゲルのヴェールとも呼ばれ、山の上り、深い森を抜けると
幻想的な景色を拝むことができるという。
昔は珍しい動物も見かけることができたため、訪れる人間も多かったが
今では交通の便が悪い上、その動物の数も激減してしまったため、
次第に誰も行かなくなり、やがて忘れ去られていった・・・

「なるほど…貴女はその時、何かの"物音"などは聞きませんでしたか?
 例えば旦那さんの悲鳴や、何者かがやってくる足音などは・・・」

「いえ…そういうものは全く」

「そうですか…事情は分かりました。早速現場に行ってみましょう。
 その、行方不明となった男性の名前は?」

「佐東 優です」

「いえ、貴女の名前ではなく、旦那さんの名前を…」

「ですから、佐東 優です」

「?」

「夫の名前も、サトウ・ユウなんです」

「…………」

 紛らわしい。
実際、同名の夫婦などいるのか?

「夫との結婚の際、家族には猛反対されました」

 それはされるだろう。
何と呼べばいいか、わかったものではない。
家族どころか、ご近所の方々も困惑するだろうよ。

「と、とにかく、旦那さんのことは私に任せなさい。見つけ次第、連絡します」

「はい!よろしくお願いします!」

 やれやれ…『奇妙』な夫婦から『奇妙』な依頼をされたものだ。
とりあえず、その赤い霧の出所から探るか…

 話を終え、仕度をしている私のところに駆け寄ってくる小さな子の姿が…ブレイヴだ。

「お父さん、お仕事?ねぇ、お仕事なの?」

「そうだよ」

「あのさ、そのお仕事、お…」

「ダメだ」

「…まだ何も言ってないよ」

「どうせまたついてくるつもりだろう?今回の仕事は危険だ。
 お前まで消えてしまったら困るからな。家でおとなしくしていなさい」

「……はぁい」

 仕事の手伝いを断ると、息子は肩をおとして自分の部屋に戻っていった。
すまんな、ブレイヴ…今度の休日には遊園地に連れてってやるから許しておくれ。
心の中で息子に謝りつつ、支度を終えた私は、そのまま家を出た。

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