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「お父さーん!早く、早くぅ!」

 すっかり元気になった息子は、謎生物探しに張り切っている。

「待てブレイヴ。お前は一応不法入国しているんだ。あまり私から離れるなよ」

「ふほーにゅーこく?何ソレ?」

「あんまり遠くへ行くなってことだ。
 知らない人(警察)に攫われる(保護される)かもしれないからな」

「うーん、わかった!」

「ああ、分かればいいんだ…って、おい!ブレイヴっ!」

 私の呼びかけを無視して、そのままブレイヴは奥まで走っていってしまった。
やれやれ…あいつ、本当に今日一日悪い子になるつもりだな。


 やがて、ブレイヴは森の中に入っていってしまった。
帰り道に迷わないか?危険な野生動物に襲われないか?そんなことは一切考えていない。
考えているのはただ一つ、珍しい生き物を見つけ出して父を喜ばせることだけのようだ。

「んーどこかなー?」

 もちろん現在地がどこかという意味ではない。謎生物はどこかという意味だ。
散々探し回ったが、それらしい姿をしたものは見当たらない。
ブレイヴも、謎生物の姿については聞いていた。
それが黄金色の鳥、またはイルカのような姿をしているのなら、見かけたら直ぐに分かるはずだ。
それなのに…何故みつからないのか、ブレイヴにはわからなかった。


 気が付けば、もう陽が西に傾き始めていた。
この時ようやくブレイヴは、父とはぐれていることに気づいた。

「お…お父さーん!どこぉーっ?」

 力の限り叫んでも、返事が無い。
やがてブレイヴの顔から明るさは消え、不安色にくもってしまった。

「ぅ…ぐず…お、おどうざん…おどうざぁん…べんじじで……じでよぉ…」

 ブレイヴは反省した。父の言うことをしっかり聞かなかったことを。
そして後悔した。後先考えずに森の中に入ったことを。

(ああ、これはきっとバチが当たったんだ…。
 今日一日悪い子になっちゃったから……。
 ごめん…ごめんね…お父さん、おばちゃん…)

 いっぱい叱られてもいい。
自分の声が誰にも届かない、この孤独感よりはずっとマシだ。
そう思っているのだろう。
この小さな男の子はその場で泣き崩れ、顔も涙でクシャクシャになっていた。

 そのときだった!
涙で歪んだ景色の中、ブレイヴは何か光るものが見えた気がした。

「えぐっ…ぇ…?な、なんだろう…」

 その光はとても小さく、夕日に映えてどこか神秘的にさえ思えるものだった。
ブレイヴはそれが何かは分からなかったが、
やがて泣くのをやめて、その光に向かって歩き出した。
何があるかわからない。何も無いかもしれない。
しかしブレイヴは動かずには。られなかった。
とにかく親とはぐれたこの孤独感を忘れたかったのだ。

 向かった先には確かに淡い黄金色の光を放つ『何か』があった。
それは羽が付いていて(直接生えていないようにも見えた)、
しかし陸地では見慣れない生き物の姿をしていた。
魚…ではない。これは絵本でも見たことがある…
そう、イルカやクジラみたいな…。

「……!ひょ、ひょっとして、これ…」

 そう、これこそ探していた謎生物だったのだ!

「…思ってたよりも、小さいなぁ」

「にぃー」

「うわっ!鳴いたっ!」

 確かに見慣れない存在だが、生き物であることには違いない。
ブレイヴには、何故か今の鳴き声が、「キミはダレ?」と言っているように思えた。

「おれ、ブレイヴ。キミは?」

「にぃ、ににぃーにッにぃ」

「ふーん。そうなんだ」

 会話は不思議と通じているみたいだ。
ブレイヴとその謎生物は、その後も他愛も無い会話を続けた。
とにかく、喋り続けた。寂しさを紛らわすかのように…。
辺りは暗闇が包み込んでいる。父とはぐれてから、もう何時間も経っていた…。
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