前のページへ
 静寂…辺りは不気味なほどに静まり返っていた。
サムは謎の弓使いの気配を掴もうと必死になっていたが、
敵もさるもので、こちらの隙を伺っているのか、物音ひとつ立てないでいるようだ。

「くっそぉ~、オレ、こういうジッと待つのはニガテなんだよな~!」

『…じゃあ、私が代わってあげるわ、あなたは引っ込んでなさい』

 サムがボヤいていると、彼のすぐ隣に一人の少女が現れた。
先ほどまで拘束されていたマリーナである。

「げっ!お前なんで出てきてんだよ!
 …おいレグルス、いいのか?」

 彼女が自由の身になっていることに、当然ながらサムは疑問に持つ。

「大丈夫だ。今は彼女に賭けよう」

私はサムにそう答えた。大の大人が、それも男性が一人の少女に任せるのはどうかと思うが、
実際、今の我々では手に負えないであろう。

『一応言っておくけど。私は自分を狙ってきた相手を許さないから、
 これから黙らせに行ってくるの。
 気が散るからあなたたちはそこから動かないで頂戴』

「む~、な~んか嫌味な言い方だな~。
 そんなに言うなら、お手並み拝見といくか!」

 マリーナの発言に嫌そうな顔をするサムだが、
彼女の言う通り、その場でじっとすることにしたようだ。
さて…これからどうするんだ、マリーナ?

『…………』

 すると彼女は目を閉じ、我々同様その場から動かなくなった。
どうやら周囲の音、気配を探っているようだ。

『…みつけたっ!』

 言うや否や、彼女は物凄いスピードで駆け出した。
速い!短距離走の世界記録保持者よりも速いかもしれない。

「おいおい…オレにも敵がどこにいるか分からなかったのに、
 なんでアイツにゃ分かるんだ?」

「おそらく、彼女は普通の人間よりも感覚が優れているんだ」

 サムの疑問に私はこう答えた。

「どーゆーことだ?」

「例えば、目の不自由な人間がいたとしよう。
 彼らは視覚を補うかのように聴覚など他の感覚が常人より発達している場合がある。
 彼女は単眼だ。だから目以外の器官が他の人間よりも発達していてもおかしくない」

「へぇ~、そういうもんかねぇ」

 私の言っている意味を分かっているのかいないのか…、サムは関心したように腕を組む。
それはそうと、マリーナはどうしたのだろう?私は彼女の走っていった方角に目を向けた。

「…あれか!」

 マリーナの向かう先で何かがコソコソ動くのが確認できた。
どうやら敵は、自分の居場所が特定されたため、隠れていても無駄だと悟ったようだ。
しかし、そのまま相手が来るのを待っているほど、敵もお人好しではない。
月あかりに何かが反射して、光っているように見える。あれは……鏃(やじり)?

「あぶないっ!」

 思わず私は叫んでしまった。敵はマリーナに向かって矢を射るつもりなのだ!
案の定、弓は彼女に向かって勢いよく放たれた…!

『遅いっ!』

 しかし、矢が彼女の身体に突き刺さることは無かった。

「お、おい、あいつ、正面から飛んできた矢を掴みとりやがったぞ…それも素手で」

 私からは良く見えなかったが、サムには何が起きたか見えていたようだ。
マリーナは、自ら敵に突進しつつ、敵の攻撃を見切り、更に受け止めたというのだ。
…なんという少女だ。これが異世界人の力…。

『つかまえたっ!』

 我々が只々驚いているうちに、彼女は敵を両の腕で掴んだらしい。
そして、こちらに向かって黒い影が飛んでくる。おそらく投げ飛ばしたのだろう。
影はそのまま地面に激突し、その衝撃で持っていた弓を離してしまった。
すかさずマリーナは地面に伏した相手に馬乗りになって、動きを封じ込める。
これではもう、敵は攻撃できないだろう。

 そのままマリーナは相手の顔面めがけて、拳を振り下ろした。
拳は見事に命中したのだが、その瞬間マリーナは何かに動揺したようだった。

『!……これは……っ!』

 その一瞬を相手は逃さなかった。
馬乗りになっているマリーナを力づくで跳ね飛ばしたのだ!

『うぁっ!』

 弾き飛ばされたマリーナ。
敵は彼女が体制を立て直す前に、一瞬で立ち上がり、その場で大きく跳躍した。
跳んだ先は私やマリーナたちとは逆方向だ。これは一時撤退したと受け取っていいのだろう。
現に武器である弓を置いて行っている。もう攻撃する意思は無いのだろう。

「いよぉ~!やるじゃねぇか嬢ちゃん!」

「私からも礼を言う。おかげで助かったよ」

 サムと私は、マリーナのもとに駆け寄り、礼を言った。
だが、彼女にはこちらの声が届いていないのか、うつむき加減で何かをブツブツ呟いている。

『分かったわ……アイツの正体が』

「え?」

「何だと?」

 私とサムはほぼ同時に反応する。
先の取っ組み合いで、彼女は相手の顔を見たというのだろうか?

「やはり相手は、君の知っている人物なのかい?」

 私は彼女にそう尋ねてみた。しかし、帰ってきた言葉は意外なものだった。

『いいえ。アイツのことは何も知らないわ。今日、初めて会う顔よ』

「?どーゆーことだよ?アイツの正体、分かったんだろ?」

 サムは顔をしかめながらマリーナに詰め寄る。
彼女はそのまま我々にこう話した。

『そう…アイツ個人のことは私には分からないし、興味のないこと。
 私が分かったのは、あの弓使いを影で操っている奴のことよ』

 そしてマリーナは我々の顔を見て、信じられないことを言いだした。

『結論から言うわ。あの弓使いは既に死んでいる。
 あの死体は別の人間によって操られた
 戦闘マシーンみたいなものなのよ』


「なんだと!」

 驚愕する私に、マリーナはこう続ける。

『あの時、アイツの身体に触れた時に気づいたの。
 生身の肉体であることは間違いないけど、体温は全く感じられなかったわ。
 それに、少し臭いもしたしね。腐敗臭ってやつかしら?』

 なるほど。あれが死体で、それを裏で操っている者がいるというのか。
死体を操るということは、何らかの呪術に長けた者。
そして我々を襲うように仕向けるような相手といえば……。

「術者は、あの仮面の男か?」

 マリーナは私の問いに無言で頷く。

『ただ、彼だけの力じゃないわ。アイツがやったのは、肉体を生前のものに復元させ、
 腐敗しないように維持させることくらい。
 死体を動かしているのは、私たちの仲間だった男が作った人工の心臓でしょうね』

「仲間だった男……あのタンたんを作ったやつか」

 そう、確かマリーナたち異世界人には他にも仲間がいた。
そいつは人工生命体を作れるほどの技術者で、過去にタンたんというUMAを
作ったことがある。

だが彼は他の仮面の異世界人たちと考え方の違いで彼らと決別。
それをよしとしない奴らに殺されてしまったのだ。

『タンたん?……あぁ、いつかアイツが…ラフルが作ったやつね。』

「ラフル…それがお前たちの仲間だった技術者の名前なのか?」

『そうよ。ラフルは我々の命令を忠実に実行することのできる兵士を
 作ることができる唯一の仲間だったわ。
 一から生物を作るだけじゃない。死体に新たに命を吹き込むことも出来た。
 ラフルはそれらを開発した後で、私たちのもとから去っていったけど、
 人工心臓とかはまだ残っていたから、そいつを利用したのでしょうね』

「……えーと……あのよぉー」

 マリーナが一通り語り終えると、サムが難しい顔をして口を開いた。

「オレは ジンコーセーメー とか、難しいこたぁ分かんねーけどよ、
 つまりアイツは、ゾンビってことでいいのか?」

 なるほど、サムらしい解釈だ。死体が動いているのだから、大きくは間違ってはいないだろう。

『ゾンビね…じゃあ、その呼び方にしましょうか。
 私たちの作ったゾンビは、攻撃対象を選ぶことが出来るの。
 逆に言えば、標的以外は絶対に攻撃しないようになっているわ』

「…しかし今回は君も襲われた。ということは……
 あの仮面の男は、君も消そうとしていたというわけか」

 マリーナは再び無言で頷いた。

『どさくさに紛れて私も消そうだなんて……やってくれるじゃない。
 元々気に食わない奴だったし、丁度いいわ。
 レグルス、しばらくの間、あなたたちと一緒に戦ってあげる。
 あんな奴に殺されるなんて、まっぴらゴメンだしね』

「……本当か?君は彼らを裏切るというのかい?」

『あなたたちに捕まったのだから、私はもうあっちには戻れない…。
 でも私は死にたくないもの。少なくともあなたたちに協力する方が
 生き残れるんじゃないかと、そう思ったのよ。それに……』

「…それに?」

『私はどうも、あなたとは戦うことができないみたいだしね』

 暗くてよく見えなかったが、マリーナは最後に頬をゆるめていたようにも見えた。
次の話へ
inserted by FC2 system