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 怪異調査団本部への道中は静かなものだった。
時々サムが、マリーナに他愛のない会話を振るものの、
彼女は無視をするか、『あら、そう…』みたいな一言で終わらせて、
会話をつなげようとしないためである。
 まぁ、敵だった者にすぐに心を開くことは無いだろうが…。

 そんなマリーナでも反応する内容がある。
いわゆる【コイバナ】だ。
サムは時々「どんな奴がタイプなんだ?」とか、「芸能人だと誰が好き?」とか
そんな話題を振るのだ。もちろんそれだけなら彼女は何も答えない。
だがその後に「やっぱりレグルスみたいなのが好きなのか?」と続けると…。

『なっ……ど、どうしてそうなるのよっ!』

…と、声を荒げてしまうのだ。
どうやらサムはそんな彼女の反応が面白くてワザとそんなことを言っているようだが、
私も無関係ではない上に、敵とはいえ可哀想なので、その時は止めに入る。
 さっきからそんな感じで、個人的には早く本部に着いてほしいとさえ思えてしまう。
 そんな時だった。

「お?なーんかあの建物の上に人影が見えるなー」

 サムが何かを見つけたようだ。
私もサムの言う建物の上に目をやった。

「…ふむ。確かに誰かが立っているみたいだな」

「なんか、手には弓を持ってる感じだなー。
 髪の長さからして、女の子かな?」

 サムは人影の細部まではっきりと見えるみたいだ。
私には誰かがいる程度しか分からない。
まぁコイツは怪異調査員たちの中でも特に目がいいから、運転中でも見えるのかもしれないが、
人影だけじゃなくて、ちゃんと前を見て運転してほしいぞ。

私がそんなことを考えていたその時…!

「うおっ!」

 サムの運転していた車は急ブレーキをかけ、停止した。
衝撃で私もマリーナも、前の座席にぶつかりそうになる。

「さ、サム!安全運転で行ってくれと言ったはず……」

シュッ!

 私がサムに抗議をしようとした瞬間、フロントガラスの向こうを何かが一瞬通り過ぎた。

「な、何だ?」

「矢だ!レグルス、気を付けろ!
 あの人影がこっちに向かって矢を射ってきやがった!」

「なんだと?」

 すぐさま私は先程見つけた人影のあった場所に目を向けた。
だが、そこにはもう人影らしきものは何も見つからない。
どこかに移動してしまったのだろうか?

「レグルス、上だ!こっちに向かってくるぞー!」

 サムは謎の人影を捉えていた。
どうやらあの場所から信じられない跳躍力で飛び跳ね、
こちらに向かってきているようだ。
サムは上空を指さしている。その先には……、
月あかりを背にした長髪の人間の姿がハッキリと映っていた。

「ボーっとするんじゃねぇ!避けろ!」

 …はっ!
サムの言葉で我に返り、すぐに身体を捻る。
すると今の今までいた場所に、矢が突き刺さったではないか!

「間違いなく我々を狙っているな。
 あの仮面たちの仲間なのか?」

『……おかしいわね。私たちの仲間で弓術に長けた人なんて居なかったはずだけど…』

 マリーナの口から意外な言葉が出る。
彼女すら知らないということは、
例の地球人殲滅を狙う異世界人の一味では無いということなのか?

『でも丁度いいわ。この混乱に乗じて逃げることさえ出来れば…』

 そう言いながら、マリーナは縛られて身動きもロクにとれない状態のまま、
後部座席から外へ出ようとしたのだが…。

「あぶないっ!」

 謎の影は新たに弓を構えていた。その先は我々の乗っていた車…、
つまり奴は、マリーナをも標的にしている。

「くっ!」

 考えるよりも先に、私の足は動いていた。
今にも車から出ようとするマリーナを、車内に向けてタックルして、中に押し込んだ。

『きゃっ!ちょ……ちょっと!なにす………』

……ストン!

 マリーナが出ようとしていた場所に矢が突き刺さる。

『あ、あなた…!』

「うぐっ……ど…うやら……無事のようだな」

 元々負傷していた身だ。
矢こそ掠りもしていないが、今の衝撃で傷口がまた開いてしまったようだ…。

『ば、馬鹿じゃないの?どうして敵である私なんか、庇うのよっ!』

「何度も言うように…、君の命は私が預かっているんだ。
 君にはまだ……死んでほしくないんだよ…」

『な……なによ…それ……』

 彼女は只々困惑しているようだ。まぁ、我々は立場上は敵同士。
助けようとすること自体、理解できない行動かもしれない。

「とにかく……奴が何者かは分からないが、一つ言えることは、標的は我々全員だということ。
 サム。今まともに動けるのはお前だけだ。何とかこの状況を打破できそうか…?」

「オレのハンマーじゃ、射程距離外だからなー。そいつぁ難しいぜ!
 せめて向こうからもっと近づいてくれればいいんだけどよー」

『…レグルス…ちょっと…、そこ、どいてくれる?』

「ん?」

 車の中で倒れていたマリーナが私に声をかけてきた。
ここをどけ、だと?まさかまた逃げようと言うのか?

「だめだ。さっきも見ただろう。今外は危険だ。お前も標的の対象となっているのだから、
 外へ出すわけにはいかない」

『だから、この縄を解いてくれる?あの弓使い、私がなんとかしてあげるわよ』

「何?」

 意外にも、彼女は自ら未知の敵と戦うと言いだした。
だがここで言うとおりに縄を解けば、彼女は逃げてしまうかもしれない…。

「嬢ちゃんよぉ、そいつは聞けない頼みだぜ!
 ンなコトしたら、おめー絶対ぇ逃げんだろ?」

『あら?でも今のあなたたちにアレを撃退できる術があって?
 手負い人とデクの棒じゃ、話にならないでしょう?』

「…あんだと!オレをデクの棒呼ばわりしたなぁ!」

『ふぅん。自分がデクの棒だと気付くだけの知能は持っていたみたいね』

 横に倒れながらもサムのことを見下すような視線をやり、挑発するマリーナ。
単純なサムのことだ。ムキになるに違いない。

「こ…コンニャロー!レグルス、そいつを思いっきりぶん殴って黙らせやがれ!」

「まぁ待て。今我々は狙われているんだ。サム、お前は見張っていろ。
 それにマリーナ。君の提案を受け入れるわけにはいかない」

『でしょうね。折角生け捕りにした敵に逃げられたら、あなたたちは上から何て言われるか…
 結局は手柄を逃したくないってワケね』

「そうではない。君は凄腕の戦士かもしれないが、今は素手じゃないか。
 それに…君みたいな若い娘を危険な目に遭わせたくないしな」

『な……何よそれっ』

 まさか女性扱いされるとは思っていなかったのか、マリーナは頬を赤らめ、
また私から顔を背けてしまった。

『へ、変なところで女の子扱いしないでよ…。
 戦いに男も女も関係ないわ…【男だから】【女だから】って、そんなの差別よ』

 なるほど、戦いで男も女も関係ない…、か。確かにその通りだ。
どうやら彼女に余計な気を遣っていたようだ。私は自らの言動を戒めた。

「……そうか…そうだな。済まなかった。
 本当にあいつを退けることができるんだな?」

『…もちろんよ。素手だって、あんな奴に遅れはとらないわ』

私の問いにハッキリと答えるマリーナ。その表情は自信に満ちていた。

「…わかった。解こう。だが、ムチャはするなよ」

『任せなさいって』

 私は彼女の拘束を解くことにした。
モチロン、そのまま逃げ出してしまう可能性だってあるだろう。
だがここは彼女のことを信じよう。この子は他の異世界人たちと違い、
殺戮そのものを楽しんでいるようには思えないからだ。
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