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第十五話|ブレイヴ誘拐事件…?

 約五日ぶりだろうか・・・
東方の国、ウグリに現れた、くまを君の一件が終わった後、
私は故郷・アルダナブへと帰国した。

 しかし、そんな私を待っていたのは、予想だにしていなかった事態だった…!

 「ただいま。元気にしていたかブレイヴ、クラウディ…」

「!…レグルス!」

 久しぶりの我が家。
そこには我が息子、ブレイヴと、
その世話を任せていた昔馴染み、クラウディアがいるはずだった。
しかし、声がしたのは女性の声…クラウディアの声だけだった。
私の帰りを一番楽しみにしていたはずのブレイヴの声は無い。
姿も見当たらない。
いつもなら真っ先に玄関までやってきて、
私を迎えてくれるはずなのに…。

「…どういうことだ?
 クラウディア、ブレイヴはどうした?」

 私がそう問いかけると、クラウディアが思いつめた顔でこちらへとやってきた。

まさか息子の身に何か…?
…イヤな予感がした。
 私はそんな不安を打ち消し、クラウディアから話を聞くことにした。

「レグルス!大変よっ!
 ブレイヴが…ブレイヴが攫われちゃったのっ!」

…………。
 イヤな予感は的中してしまった。
内心、大きく動揺したが、クラウディアを不安がらせてはいけない。
私は平静を保ちつつ、彼女に訊ねた。

「落ち着いて話してくれ。
 誰にさらわれたんだ?」

「仮面の変な男よっ!確か、アーミンと名乗ってたわっ!」

 と、クラウティアは吐き出すように大声で答えた。

 仮面の男…いや、アイツはウグリで見かけた。
ということは、少なくとも私の知っているヤツではなさそうだ。

「いいから落ち着くんだ。
 私のいない間に何があったのか、くわしく聞かせてくれ」

 暫く興奮状態が続いていたクラウディアだったが、
しだいに落ち着きを取り戻してきたみたいだ。

 呼吸を整えてから、クラウディアは私に、ゆっくりと話し始めた。
アーミンがやってきた時のことを…。


…………
……


『さぁ女ぁ、ガキと一緒にオイラについてきな』

「…お、お断りよっ!アンタみたいな、変な奴と一緒になんか、
 誰が行くっていうのよっ!」

 アーミンと名乗った仮面の男に、必死の抵抗を見せるクラウディア。
だが、男の方も引き下がろうとしなかった。

『おいおい。こっちには‘力づくで’って方法もあるんだぜ?
 痛い目見たくないだろう?
 黙ってついてきた方が、いいと思うんだけどな~』

 そういい、男は指をポキポキ鳴らし始めた。
これ以上抵抗するなら、容赦しないぞ、というサインだ。

「ま、待ってよっ!
 女子供に暴力振るう気?随分と大人気ないわね」

『だがこっちだって、引き下がる気はねぇ!』

「そ、そこで提案っ!
 私と、勝負しない?アナタが勝ったら、言うこときくから」

 と、突然クラウディアはアーミンにこう持ちかけた。
アーミンは一瞬キョトンとその場に固まったが、やがて大笑いを始めた。

『がははははははっ!
 しょ、勝負ぅ?このオイラとぉ?
 あのなぁ女、お前がオイラの力に敵うワケないだろうがっ!
 あー腹痛てぇ…笑わせんじゃねぇよ』

「ち、力比べなんて野蛮なマネはしないわよっ!
 勝負はトランプ勝負…そうね、ババ抜きで決めない?」

 力で対抗したって敵いっこない。
そう判断したクラウディアは、勝てる可能性のあるババ抜きで
勝敗を決しようと、アーミンに提案したのだ。

「こ、これなら女子供でもフェアに勝負できるわ!
 ど、どう?悪くない話でしょ? 
 カードゲームに勝つだけで、私はアンタに従うって言ってるんだから」

 と、アーミンを睨みつけたクラウディア。
暫くその場に沈黙が走ったが…。

『がははははっ!
 面白ぇ!カードでもなんでも、オイラが負けるワケがない!
 いいぜ女ぁ!その勝負、のったぁ!』

 男は快く受け入れた。
案外、フェア精神のあるヤツなのか、
それとも、あまり頭はよくないのか…?
何にせよ、クラウディアたちにとっては、チャンスだった。

「そ、その代わり…私が勝ったら、諦めて帰りなさい!い、いいわね」

『あぁいいとも!どうせ勝つのはオイラの方なんだからなっ!』

 男はクラウディアの条件をのんだ。
余程自信があるらしい。

「おばちゃん…」

 気がつくと、今まで自分の部屋に居たはずのブレイヴが、
玄関前まで出てきていた。
どうやら事情を知ってしまったようで、不安げな顔でクラウディアを見つけていた。

「大丈夫よブレイヴ君っ!
 私、こう見えてもカードゲームは強いんだからっ!」

 そう言って、ブレイヴを元気づけさせるクラウディア。
こうして、アーミンとクラウディアのトランプ勝負が行われたのだった…。



 …三十分後。

「やった…勝ったわ!」

「わー!おばちゃん強いっ!」

『ば…バカな…オイラが負けるなんて…!』

 結果はクラウディアの勝利!
アーミンは、手元に残ったジョーカーのカードを握りながら、
悔しさに震えていた。

「どうブレイヴ君、わたしのこと見直したかしら?
 これからは‘お姉ちゃん’って呼びなさ~い」

 と、自慢げに胸を張るクラウディア。

『…お姐さん、完敗だぁ!この勝負、オイラの負けだぁっ!』

(あ、そっち(アーミン)が言っちゃうんだ…)

 アーミンはその場で首をガクッと落とした。
彼のの敗北宣言に、ちょっとだけ拍子抜けしてしまったクラウディア。
しかしこれで、ブレイヴを護ることができた。
ようやく一安心、と、胸を撫で下ろしていたら…。

『仕方がない、姐さんは諦める。
 だが小憎!お前だけは連れていくぞ!』

 アーミンは下げていた頭を上げ、ブレイヴの方を向いてそう言い放った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!
 勝負は私の勝ちなんだから、諦めて帰りなさいよっ!」

『オイラが負けたのは姐さんだけだ!
 この小僧には負けてないから、連れてっていいはずだ!』

「そ…そんな屁理屈、通用しないわよっ!
 私が勝ったら、私とブレイヴ君のことは諦めろって、
 そういう意味だったの、あの約束は!」

 アーミンの言い分に対し、
必死でくらいつくクラウディア。
するとアーミンがついにその身体を動かした。
結局は力づくで連れられてしまうのか…?
クラウディアがそう思った時だった…

『いーやーだーいーやーだー!
 連れてくのー!
 連れて帰るのー!』


 なんとアーミンは、その場に倒れ込み、左右にごろごろ転がりながら
駄々をこね始めた!
その姿は、まるで大きな子供そのものだ。
とてもさっきまで自分たちを攫おうとやってきた人とは思えない…。
あまりの豹変ぶりにブレイヴも、クラウディアも呆然としていた。

「お…おばちゃん…おれ、別についてっても、いいよね?
 なんか、この人が可哀そうに思えてきた」

「!…ブレイヴ君!」

 なんとアーミンのみっともない姿に、ブレイヴは同情してしまったのか、
彼についていくと言いだした。

「いいのよ、こんなヤツの言うことなんかきかなくても…」

「でも…なんだか悪い気がするし、それに…」

 言いかけて、ブレイヴは辺りに目をやった。
クラウディアがブレイヴの目線の先を向いてみると…

「なーに、あの変な人?(ヒソヒソ)」

「やだ…あの人たちがイジめてるのかしら?(ヒソヒソ)」

「おいおい…余所でやってくれよ。うるさいったらありゃしない(ヒソヒソ)」

 なんと近所の人たちが皆一同に、クラウディアやアーミンたちのことを見ていた。
それも、変な誤解をしながら…。

「うっ…」

 みんなの視線がいたい…。
自分たちは何も悪いことはしていないのに、
むしろ、攫われそうになっている被害者なのに、
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう…。
クラウディアは、アーミンに早く帰るよう強く言いたがったが、
そしたらますます自分に向けられる視線が厳しくなるだろう、
そう思うと何も言うことが出来なかった。

「だ、だいじょうぶだよおばちゃん。
 きっとお父さんが帰ってきて、助けに来てくれるよ…。
 だからおれ…行ってくるよ」

「ブレイヴ君…」

 この事態を収拾するには、自分がこの男についていけばいい。
そう思ったブレイヴは、クラウディアに、アーミンについていくと言った。

 しかしその身体は、小さくだが震えていた。
やはり、こわいのだ。

「や、やっぱりこの子を渡すわけにはいかないわ!
 この子をつれていくんなら、代わりに私が…」

『おっと姐さん!それはできねぇ!
 悪いがこれはオイラとコイツの問題、姐さんは口を出さなでおくれぇ!』

「で、でもっ!」

「おばちゃん…おれは大丈夫だよっ!」

ブレイヴを庇おうとクラウディアは必死にアーミンに訴えたが、
それを制止したのは、他でもないブレイヴの方だった。

「お父さん…来てくれるよね?
 すぐに帰ってきて、助けに来てくれるよね…?」

「…当たり前よっ!
 アナタのお父さんは、あなたのことを一番大事に思ってるんだもの。
 絶対、すぐに来てくれるわ」

 こわさに堪えているいるブレイヴを、クラウディアは元気づけた。
もはや彼女には、元気づけることしか、できなかった…。

…………
……


「…と、こんなことがあったのよ」

「…は、はぁ…なるほどな…」

 随分と平和的なような気もするが…。
どこからつっこめばいいのだろう…?
クラウディアからコトの一部始終を聞いた私は、
正直、すこし拍子抜けしてしまった。
 だが、ブレイヴがあの仮面の一味のところにいるのは間違いない。
早く連れ戻さなければ!

「そ、それで、ブレイヴがどこに連れて行かれたか、わかるのか?」

「えぇ…奴ら、メンネの町のはずれにある、小さな洞窟にいるって言ってたわ。
 近辺の地図もかいて、よこしてくれたの」

 と、アーミンのよこした地図を私の前に差し出すクラウディア。

「…こんなバカ正直に居場所を教えてくるとは…罠か?
 いや、しかしたとえ罠だったとしても、
 あいつを助けないワケにはいかない…。
 クラウディア、後のことは私に任せろ。
 ブレイヴは、必ず私が連れて帰る」

「…わかったわ。気を付けてね、レグルス」

 こうして私は単身、アーミンのアジトに向かった。
ブレイヴ、待っていろよ!父さんが必ず助けてやる。
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