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第十四話|ザ・ラスト・オブ・ワーベアー

 アルダナブ国の都市、ヨーゲル。
北部は広大な森、西部は丘が広がる、都市としては自然の豊かな場所だ。
そこのある一軒家で窓からずっと遠くの空を眺めている一人の少年がいた。

「はぁ…お父さん、大丈夫かなぁ…」

 少年の名はブレイヴ。
遥か東方の国、ウグリに向かった父、レグルスの帰りを待っている、
まだ六歳の男の子である。

「だいじょーぶよっ!
 今までだって、どんな遠くに行っても元気に帰ってきたじゃない」

 と、少年を元気づける女性の声。
クラウディアだ。

「あ、おばちゃん…」

「…あのさぁ…その‘おばちゃん’はやめてくれるかな~、ブレイヴ君?」

「?…だっておばちゃんはおばちゃんだよ。
 なんで‘おばちゃん’って言っちゃいけないの?」

「……はぁ…」

 ブレイヴに‘おばちゃん’と呼ばれ、軽くショックを受けるクラウディア。
だが彼女がこの子からそう呼ばれるようになったのは、今に始まったことではない。

 ブレイヴには母親がいない。そんな子を不憫に思い、
父レグルスの昔馴染みであり、御近所付き合いのクラウディアは、
ブレイヴが物心をつく前から、お母さん代わりに世話をしてきたのだ。

 しかしブレイヴにとってクラウディアは、お母さんではなく、
身の回りのお世話をしてくれる、おばさんと認識しているため、
昔から彼女のことは‘おばちゃん’と呼んでいた。
何故、おばちゃんと言うとダメなのか、幼いブレイヴには理解できなかった。

「はぁ…私、まだ‘おばちゃん’って言われるような歳じゃないと思うんだけどな~」

 そう言って、鏡の前に立って、顔のお肌の具合を確かめるクラウディア。
それを見たブレイヴは…。

(おばちゃん何やってるんだろう?鏡に向き合っても、鏡の中の人とは話せないのに…)

 と、思っているのかもしれない。

 そんな時、

ピンポーン

『お~い!誰かいるか~い?』

 インターホンを鳴らし、誰かが正面玄関から呼びかける声がした。

あ、は~い!今出まーす!
 …って、誰かしら?聞き慣れない声の割には結構馴れ馴れしく呼んでたけど…」

 クラウディアは不思議そうな顔をして、正面玄関まで足を運ぶ。
そして玄関口を開けて声の主を確認したのだが、
やはり見覚えのない人だった。

「あの~、失礼ですが、どちら様でしょうか?」

『そんなことより、ここはレグルスん家で合ってるのか?』

 …何よ質問を質問で返してきちゃって…!失礼なヤツね!
と、口まで出かかったその言葉を何とか飲みこみ、
クラウディアはこう返した。

「そうですけど…生憎レグルスは仕事で外出していますよ」

『わかっている!』

「…え?」

 てっきりレグルスに用があると思ったのに…。
それじゃあこの人は何故ここに来たんだろう?
クラウディアがそんな疑問を感じたのを知ってか知らないでか、
その謎の来訪者は続けてこう言った。

『オイラが用あるのは、レグルスの身内!特にガキの方だ!』

「なっ!」

 クラウディアは驚きのあまり、つい言葉が詰まってしまった。
しかしすぐに“こいつは危ない奴だ”と判断し、身構える。

「…ぶ、ブレイヴ君に何の用?なにをするつもりなの?」

『なぁ~に、お父さんがいなくて寂しそうだったから、
 遊び相手になってあげようかな~と思ってね』

「結構ですっ!
 それに…そんな言葉、信じられないわっ!」

 より一層警戒を強めるクラウディア。

「大体…そのお面、なんなの?
 初対面の人には、ちゃんと素顔を晒したらどうなのよ?」

 そう、その来訪者の顔には面が付けられていた。
まるで、顔がわれるのを恐れて被っているような…

「以前、ここに来た、マリーナって女も、随分へんちくりんなお面してたけど、
 あなたも彼女の仲間なのかしら?」

『…くふふ…ぬははははははははーっ!』

 クラウディアの指摘に、来訪者は突然声高らかに笑いだした。

「…な、なによ?」

 これには流石のクラウディアも不気味に思い、
思わず一歩後ろに下がる。

はははははっ…おっと失礼。
 アンタがマリーナの名前を言ったものだから、つい、な』

 ようやく笑いをやめた来訪者は、改めてクラウディアにこう名乗ってみせた。

『オイラの名前はアーミン!そのマリーナとは将来を誓った仲よぉ!

 と、何故か自分の名前よりもマリーナとの関係の方を強調する来訪者、アーミン。

「…そ、それで?そのアーミンさんが、この家に何の用なのかしら?」

『レグルスの身内を攫うよう、上から言われてね~、
 なんでもそのレグルスらがオイラたちの邪魔をするってんで、
 動きを封じろって命令されたんだ
 ま、悪く思わず捕まってくれや、乱暴しないからよ~』

「…と言いつつその手は何?イヤらしいことする気マンマンって感じね…」

 見るとアーミンは両の手を、正面のクラウディアの前に出し、
ワシャワシャと指を動かしている。

『おおっと!オイラとしたことが!つい手が出ちまった!だーっはっは!』

 また高らかに笑い始めるアーミン。
しかし、今度はすぐに笑いをやめ、急に真剣な声で喋り出した。

『…まぁオイラも、こんなこたぁしたくないんだが、
 一応上の命令と会っちゃ、逆らえねぇ立場なんでね、
 おとなしく一緒に来てもらうぜ』

 そこにはさっきまでの馬鹿笑いをしていた男はもういなかった。
いるのは、自分たちを狙っている危険な獣のような男。
クラウディアは、この得体のしれない相手に恐怖を感じつつも、必死に抵抗を示す。

「…イヤだといったら…?」

『舐めるなよ女ぁ…
 お前たち非力な人間など、捻りつぶすのは朝飯前なんだぜぃ』

 そう言い、アーミンは徐々にクラウディアに近づいていく。
平和な時を過ごしていたブレイヴたちに、危険が迫っていた…!
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