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 同時刻、東方の国、ウグリでは…。

「ヤムスン!貴様ぁ…!」

「なんということだ…くまを君の正体は、やはりヤムスンさんだったのか…!」

 そう、この場でも新たな危機が迫っていた。

 私、レグルスの今回の仕事は、熊男の退治。
しかしその熊男の正体が、自分と同じ怪異調査員だったとは…!

『サスガニ驚キヲ隠セナイヨウダナ、怪異調査員』

「なっ!」

 ふと空中で、薄気味悪い男の声が鳴り響いた。
忘れもしない、この声は…。

「…やはり貴様が絡んでいたか、仮面の男…!」

 そう、その仮面の男は、かつて怪異調査員である私の命を狙って来た男だ。
ヤツは異世界人で、この地球に何らかの目的でやってきた。
そしてその目的の妨げとなるものを消そうとしている…。

「貴様らの目的はなんだ?
 なぜこのようなことをする?ヤムスンさんを獣化させ、どうするつもりなんだ!」

 私は空に向かって、仮面の男に向かってこう叫んだ。
しかしそれでもヤツは姿を見せず、

『私ワ私タチノ未来ノタメニ行動シテイル。
 ソノ障害ヲ取リ除ク為ナラ、ドンナコトデモスル。
 ソウ、同ジ怪異調査員ヲ仕向ケ、同士討チヲ図ルコトモナ』

「おのれ…!」

『コノ危機ヲドウ切リ抜ケルノカ、楽シミニシテイルゾ、怪異調査員ヨ』

「レグ!よそ見をするんじゃない!くるぞ!」

 私が仮面の男に対して熱くなっているところで、碧(ピョク)が私にこう叫んだ。
そう、今は目の前に敵となった男がいる。
怪異調査員の中でも腕の立つ男が、理性を失い、
更に獣化によるパワーアップを遂げたのだ。
そんな男を前に、他に気を取られていたら、あっという間に瞬殺されるだろう…。

「ぐぉぉ…今度こそ終わりにしてやる!
 …月照光砲っ!

「同じ手をくらうかっ!」

 月に照らされ、輝いた斧から発射される破壊光線。
一度は喰らった技だが、またくらうワケにはいかない。
私と碧は、左右に分かれて破壊光線を避けた。

「ムッ?」

「スキだらけだぜっ!くまを君!」

 攻撃から逃れた碧はすかさずくまを君との間合いを詰める。

「今度こそくらえ…怒竜怪鳴斬!

「ぐおああああああああああっ!」

 前回は斧で防がれた碧の必殺技。
今度は確かにくまを君に命中し、あたりに大きな呻き声が響き渡った。

「どうだ思い知ったかっ!」

 しかし…。

「おのれぇぇぇぇぇ!」

ズドッ……!

「…っ!」

 それは、あまりに一瞬の出来事だった。
必殺技が決まり、勝利を確信した碧だったが、
なんとそんな碧に、くまを君は怒りに身を任せて反撃してきたのだ。

突然、くまを君の左腕が消えたと思ったら、
なんとその腕は、碧の鎧を突き破り、そのまま彼の右肩を貫通してしまった…!

 一瞬のことに、辺りを静寂が支配した。
想わぬ反撃を受けた碧も、痛みを感じる暇もなく、声にならない呻き声を発していた。

 そして碧の方から赤い液体がくまを君の腕を伝って流れてくる。
それは月明かりに照らされ、遠くに居た私の目からもハッキリと確認できた。

「碧ぅぅぅぅぅっ!」

「う…ぐぐ……こ、このヤロウ…
 この腕、斬り落としてやる…っ!」

 しかしその手にはもう剣は握られていなかった。
利き肩を貫かれたことで、もうその手に武器を持つことは不可能だったのだ。

「碧っ!もういいっ!お前はじっとしていろ!
 あとは私がやるっ!」

『ホホゥ。オ前ノヨウナ非力ナ男ニ、アノ怪物ヲ止メルコトガ出来ルノカ?
 肝心ノオ前の相棒ワ、モウ戦エナインダゾ?』

「…黙っていろ仮面の男!」

 またも空中から聞こえてきた忌々しい声を、私は一言で遮り、
こう続けた。

「たとえ非力でも、この戦いを沈めることは出来る!」

 そう言い、私はくまを君に接近した。

「な…なにをする気だレグ…コイツの身体は、半端な攻撃は通じない…ぞ」

「攻撃の必要はないさ、碧。
 今こそこの男にかけておいた魔法を発動させる」

「ま…ほう?お前、くまを君に魔法をかけたのか……?いつの…間に」

「くまを君にじゃない。ヤムスンさんにさ」

 そう、私は確かにヤムスンに魔法をかけていた。
遠くからでも話しかけることの出来る魔法、レシーバーを。

『ヤムスンさん…ヤムスンさん、聞こえますか?
 私です…レグルスです』

「!」

 私はこの場でレシーバーを発動し、ヤムスンを呼び掛けた。
これには碧も“何がしたいんだ”という顔になる。

『フフ…フハハハハッ!
 コイツ!気デモ狂ッタカ!
 来モシナイ助ケヲ呼ブトワ!』

「そ、そうだレグ…
 お前も見ただろう…ヤムスンはくまを君なんだ…。
 何故そんな無意味なことを…」

「無意味かどうか…くまを君を見て確かめたらどうかな?」

「…なに?」

 私は碧と仮面の男に対し、くまを君を見るように促した。
そう、今まで怒りで我を忘れていたくまを君は、
私がレシーバーを使った直後、動きが止まったのだ。

「…どういうことだ?」

『貴様、コイツニ何ヲシタッ!』

二人がほぼ同時に私に訊いてくる。

「私がレシーバーを使ったのは、ヤムスンに助けを求めるためじゃない。
 くまを君になり、深層意識に閉じ込められたヤムスンの心に呼びかけ、
 理性を取り戻させるためだっ!」

 そして私の呼びかけに、くまを君は苦しそうに頭を抱えながら唸る。

「ぐぉぉぉぉ…!誰だ!?オレに話しかけてくるのは…!」

 まだだ…まだヤムスンの意識はくまを君に囚われたままだ。
私は動揺するくまを君の深層意識に、更に語りかけた。

『ヤムスンさん。私の声が聞こえますか?
 聞こえたら返事をしてください…ヤムスンさん』

「ぬぅぅ……ぐぅ…れ、れぐ…る…」

 すると、くまを君の口から、
苦しそうだが、私の名前を呼ぶのが聞こえた。
もう少しだ…もう少しでヤムスンを正気に戻すことが出来る!

『ヤムスンさん、今あなたは、この怪現象を起こしている元凶のせいで、
 心を眠らされているんです。
 起きて下さい。目を覚ますんです。ヤムスンさん…!』

「うぬぅううう…違う!オレはヤムスンじゃないっ…!」

『いいや。あなたはくまを君じゃない!ヤムスンさんだ!
 ヤムスンさん…戻ってきてください。ここには私が…スンイクがいます。
 あなたが戻ってくるのを待っていますよっ!』

「お…俺は待っていないぞ」

肩に重傷を負いながらも、私の言葉に異を唱える碧。
しかし碧の名を出したことで、くまを君に大きな変化があらわれた。

「お…おれは……いや、わ…ワシは…」

『マ、マズイ!獣化サセルコトデ封ジテイタ
 奴ノ意識ガ戻リツツアル!
 オノレ怪異調査員メ…ソウワサセルカッ!』

 すると、今まで高みの見物をしていた仮面の男が、ついに姿を現した。
そして我々の頭上まで上がり、呪文の詠唱を始めた。

『目障リナ連中メッ!
 全員マトメテ黒焦ゲニシテヤル!
 サンダーボル…

ドズッ!

 仮面の男が魔法を発動しようとしたまさにその時、
彼に向かって何かが飛んできた。
そしてその物体は見事に男の足に命中した。
それは…くまを君が持っていたブラッディ・アックス。

 そう、仮面の男にその斧を投げつけたのは、
他でもないくまを君だったのだ。

『ギャァァァァァァァァッ!』

「手応えあり」

『オ…オノレ…オノレエェェェェェェェェ!』

「ワシを利用した代償じゃ。ありがたく受け取るがよい」

 その口調、その顔立ちは、もはやくまを君のものではなかった。
蘇ったのだ、ヤムスンの意識が。
獣化は解けないものの、ヤムスンは自分を取り戻したのだ。

『キョ、今日ノトコロワ身ヲ退イテヤル。
 ダガ覚エテイロ!貴様ラワ私ノ手デ皆殺シニシテヤル!』

 そう言い残し、仮面の男はその場を去っていった。
…逃げ足の速いヤツだ。
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