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第十三話|ベアーマンが倒せない(後編)

「もしもしお父さん?元気?」

 受話器の奥から元気な男の子の声が聴こえる。これはブレイヴの声だ。

「ああ。父さんは元気だよ。お前も元気そうで何よりだ」

「うん!でも、やっぱり寂しいな~。おばちゃんもお父さんのこと、心配してたよー」

 と、ブレイヴが言った直後、何やら受話器の向こう側から
『こーらっ!‘おばちゃん’じゃないでしょ!』という聴き慣れた声も聴こえたような気がした。
そうか…クラウディアも元気のようだな。良かった…。

「すまないが、父さんの仕事はまだもう少しかかりそうなんだ。
 もう少ししたら帰るから、それまでクラウディアの言うことを聞いて、
 良い子にしているんだぞ」

「うんわかった!お父さんもお仕事ガンバってね!」

「……あぁ」

 父親の無事を確認出来て安心したのか、
とびっきり元気な声でブレイヴは私のことを応援し、そして電話を切った。

「……ガキとの痴話言は済んだのか?」

 と、いかにも不機嫌そうな態度で碧が私に話しかけてきた。

「…まぁな。
 すまない。付き合わせてしまって」

「……フンッ!」

 私が少々申し訳なさそうな表情を作ると、碧は明らかに悪態をつき、顔を背けてしまった。
まぁ碧がここまで苛立っているのも無理はない。
なにせ我々は昨夜のくまを君との戦いに敗れたのだから…。

…………
……



 時は遡り、昨夜…。

「はぁぁぁぁっ!」

キィィィィン!

 碧の剣とくまを君の斧が激突し、辺りに甲高い金属音が鳴り響く。

「フンッ!」

 するとくまを君は力任せに斧を押し、そして碧の刃をはじき返してみせた!

「ちぃっ…流石にヤムスンを破ったことだけはある…なんて力だ!
 ならば…」

 くまを君に弾き飛ばされた碧は一旦間合いをとり、
そして剣を構える…。

「いくぞくまを君!
 貴様にとびきりの悲鳴をあげさせてやるっ!
 怒竜怪鳴斬!

 技名を高らかに叫び終わるや否や、
碧はくまを君との間合いを一気に詰め、強烈な一撃をお見舞いした。

「ぐぉ…っ!」

 とっさに斧でガードするくまを君。
しかし技の強さに押され、体勢が崩れてしまう。

「今だっ!」

 くまを君がよろめいたことで生じた隙を、碧は逃さなかった。
とっさに身体を翻し、ガラ空きとなった懐に向かって
剣を叩きつけた。
しかし……!

「なっ!これは…っ!」

「ば、ばかな!…斬れないっ!」

 私と碧は同時に驚きの声をあげた。
というのも、碧が確かに与えた一撃は、くまを君に全く通じなかったからだ。
剣で斬りつけたのに、確かに手応えがあったのに、
この熊の獣人のボディーに、傷一つ付けることができなかった…。

「どうやらオレの肉体を甘く見ていたようだな!
 貴様程度の攻撃など、この剛毛と柔軟な皮膚組織をもってすれば、
 簡単にさばくことができる!」

「く…くそっ!」

「碧、離れるんだ!ここが私の魔法で…!」

 そう言い、私は魔法の詠唱を始めた。
なんでもいい。くまを君に何か通用するような魔法を…!

「おっと!そうはさせるかっ!」

 するとくまを君は碧の腕を掴み、
そのまま私の方に向かって投げ飛ばした!

「うおっ!」

「ぐぁっ!」

 とっさの出来事で避けることが出来ず、そのまま私は碧と激突してしまった。

「さぁ、この一撃で楽にしてやる!」

 くまを君は斧を構え、倒れた私と碧に向かって、必殺の一撃を放った!

「月照光砲!」

カッ!

 くまを君がそう叫ぶと、なんと斧が眩しく光りだした!
そしてその輝く斧を振りかざしたかと思うと、
今度は刃先から鋭い光線が飛び出してきたではないか!
こちらに向かってくる光線。
なんとか避けようと身体を動かしたが、時既に遅し…。
斧から放たれた光線は、我々二人を撥ね飛ばした!

「「うぐぁぁぁ・・・っ!」」

 光線に弾き飛ばされた私と碧は、そのまま高く宙を舞った。
そして地面に強く叩きつけられ、息も出来ないほどの衝撃が身体じゅうを襲った…

「無駄だ。辛うじて直撃は免れたようだが、それでも命を奪うには十分の威力よ」

「う……くっ…」

 私はなんとか身体を動かそうと足掻いた。
しかし、受けたダメージが大きく、私の身体は言うことをきかなくなっていた。

「ほう…まだ息があるのか。
 見た目以上にタフのようだな…ん?」

 突如、くまを君の様子が変わった。

「なっ!馬鹿な…!俺の斧にヒビが!!」

 そこには今まで浮かべていた不敵な笑みはなく、
自分の持つ斧を見て驚愕の表情を作るくまを君の姿があった。

「何故だ…どこで刃が欠けたのだ!?
 …ハッ!?まさか、この若造の技を受け止めた時に…。
 そうか。それでオレの月照光砲の威力が半減して、
 貴様らは助かったというワケか…」

 どうやらくまを君の持つ斧に、碧の怒竜怪鳴斬でヒビを入れたため、
今の月照光砲という技は、本来の威力が出なかったらしい。
命拾した…が、これで危機が去ったワケではない。

「悪運の強い奴らだ。いや、不幸ともいうべきか。
 まともに受けてさえいれば、楽にあの世に逝けたものを…」

 そう言い、くまを君は我々の目の前まで近づき、
そして斧を振り上げた。

「さぁ!夜更かしもここまでだ!
 ここで永遠の眠りにつくがいい!」

 ダメだ…身体が動かない…!
その時私は、死を覚悟した。

 だがその時……!

「ムッ!夜明けか!…まずい!」

 くまを君の視線が東の空に向けられた。微かだが明るくなり始めていた。
そう、朝日が昇り始めようとしていたのだ。

「おのれぇ…どこまでも悪運の強い奴らめ!
 次こそ必ずその命を奪ってやるぞ!」

 そう言い残し、くまを君は闇に消えていった。

「……た、助かった…のか?」

「…フン!逃げやがったか。
 油断して近づいたところを攻撃しようと思ったら、拍子抜けだ」

 と、減らず口をかます碧。しかし私と同じく、その身体は既にボロボロ。
今はもはや戦える状態とはとても言えなかった。


…こうして我々は、くまを君に勝つことは出来なかったものの、
なんとか生き残ることができたのである。
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