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あの惨敗した夜から二日後…。
全快とまではいかないものの、いつまでも寝ているワケにもいかない。
それに、碧の奴が早くリベンジしたいとうるさかったからな。
それにしても…。
ウグリの町は長閑(のどか)で良いところだ。
夜にあの恐ろしい獣人が現れないのであれば、
是非とも息子と一緒に来てみたいものだ。
と、私がそのようなことを思っていると…。
「パパー。今日はどこへ行くの~」
「そうだな…久しぶりにチャールズパークにでも連れてってやろう」
「わーい!パパ、だいすきー!」
という、可愛らしい子供と、その父親らしき男が、
仲良くしながら、我々の前を通り過ぎていった。
それを見て、明らかに不機嫌そうな顔をする碧。
「随分とおめでたい奴らだ。
こちとらあのくまを君退治し損ねてイライラしてるってのに…」
「他人に八つ当たりするな碧。
なかなか微笑ましい光景じゃないか」
「微笑ましい、だと?
はん!ベタベタ鬱陶しくくっついてくるガキと、
そのガキのご機嫌取りしてる親父を見て、どうしてそんな風に思えるんだ?」
「碧…」
「父親なんて勝手なものだ。
家族のためだの子供のためだの、普段は良い奴そうな面しやがるくせに、
肝心な時には決まって居やしない。
…父親が好きだとほざいてるガキは、テメーの親の本質を知らないのさ。
まったく無知なガキ見てるとイライラする…これだからガキは嫌いなんだ」
いつもよりも饒舌に喋る碧。
見るからにイラついているようだったが、
しかしその目は、どこか寂しげな様子でもあった。
「……碧。お前本当は、父親に甘えたかったんだな。
だが、それも出来ずに少年時代を過ごして、
今では父親との溝が出来てしまった…」
「ふん。同情でもしてくれるのか?
だが勘違いしてもらっては困る!俺には親など必要ない。
あんな奴、親と思ったことなどない」
「だがな…私には彼が、ヤムスンがお前の思うほどの酷い父親とは思えん。
お前たち家族から離れたのは、危険な世界からお前たちを守るためだったのだろう?」
私のこの発言に、碧の眉がピクンと動いた。
「守るため…だと?
母が病死して、借金取りに家を追い出されて、結果崩壊した家庭を…
そうなるまで放ったらかして…奴は俺たちの何を守ったというんだっ!」
と、碧はいつになく声を荒げて私にこう言い放つ。
こいつ…意外に凄い過去を持っていたのだな…。
「所詮、アイツに守れるものなんか無いのさ。
だから自分の武器も、ワザさえも、敵に盗まれるんだ!」
「……何?技だと?」
そういえばくまを君の持っていた斧は、
確かヤムスンの武器『ブラッディ・アックス』だった。
だから我々は、ヤムスンがくまを君に挑み敗れたので、
武器を盗られたのだと思っていたのだが、
技も…だと?
「碧、その技というのは…?」
「無論、あの‘
月照光砲’という技さ。
あれは紛れもなく、ヤムスンの得意技だ。
おそらく、くまを君は奴との戦いであの技を見抜き、自分の技にしてしまったんだ」
「……」
妙だ。何かが引っ掛かる。
いくらくまを君が人間離れした戦闘能力を持っていたとしても、
あんな特殊技を一目見ただけで、自分のモノにすることが出来るのだろうか?
「…月照光砲が、どうしたって?」
すると、我々の会話に入ってくる聞き慣れない声が!
「なっ!」
「お前…生きていたのかヤムスン」
そう、我々に話しかけてきたのは、くまを君にやられたはずの、あのヤムスンだった。
「ヤムスンさん…無事だったのですか!?」
「ん?お前は確か…レグルスか。
お前さんもおかしなことを言うもんだな。
無事も何も、まだワシはあの化け物とは戦っていないぞ」
「「なに!」」
ヤムスンの発言に、私と碧は同時に驚きの声をあげる。
「とぼけるなヤムスン!貴様、自分が負けたからと言って、
そんなデタラメを言いやがって!
貴様がくまを君に負けたことも、
その時に自分の武器を盗まれたことも、知っているんだぞ!」
「ワシが負けた?武器を盗まれた…?
デタラメを言っているのはお前の方じゃないのか、スンイク?
ワシの武器ならホレ、ここにある」
そう言うとヤムスンは、あの巨大な赤い斧を我々に見せてきた。
「ヤムスンさん、その赤い斧、他に持っている人は…」
「そんな奴はいないだろう。この斧はワシ専用の武器だからな」
と、ますますおかしなコトを聞く奴だと言いたげな顔で、
ヤムスンはそう答えた。
だがその後、この男がまたも気になることをつぶやいたのを、私は聞き逃さなかった。
「しかし不思議なこともあるものだ。
戦ってもいないのに、ワシのブラッディ・アックスの刃が欠けるとは…」
「…欠けた?」
「うむ。確かお前たちに会った翌日にな、
いつの間にか斧に小さなヒビが入っておったのだよ。
まぁ、小さなものだったから、すぐに直すことが出来たがね」
我々に会った翌朝…つまりあのくまを君との戦いの直後だ。
ということは、くまを君の持っていた武器がヤムスンのものと
同一であるというのは間違いないだろう。
だが、くまを君は何故わざわざヤムスンの武器を手にとって戦っていたのだ?
「…まぁ何にせよ、ここであなたに会えたのは幸運でした。
実は我々は、二日前に例の化け物と戦って勝てなかったのです
奴に勝つには、あなたの力が必要となるでしょう」
と、私はこう言いながら、ヤムスンに近づいた。
「おいレグ。俺はこんな奴と夜まで一緒に居るのはゴメンだぞ。
それに俺はまだ負けたつもりはない。今度こそ俺の力で奴を仕留めてみせる」
…案の定、碧がヤムスンとの同行を拒絶しだした。
まぁ、今までの反応からして、そのようなことを言うのはもう分かっていた。
「別に無理して一緒にいろとは言わないさ。
だが、一応連絡のとれるようにしようと思ってな」
そこで私はヤムスンにある魔法をかけることにした。
そう、遠く離れても、確実に相手に声が届くあの魔法を…。
「・・・レシーバー!」
私の呪文の詠唱が終わると、ヤムスンの身体は一瞬の間、淡い光に包まれた。
「?…これは?」
「これで遠く離れていても、私はあなたのことを呼ぶことができます。
もしも我々がピンチの時は、駆けつけて下さい」
「…例の魔法という奴か。
遠くでも呼べるとは、俄かには信じられん話だが、まぁいいだろう。
お前さんの声が聞こえたら、とりあえず合流してやろう」
胡散臭そうだと私を疑う顔をしつつ、
ヤムスンは“また会おう”と、その場を去って行った。
そんなヤムスンに対して、“もう来るな!”な態度をとる碧…。
こんなことで、くまを君退治はうまくいくのだろうか……。
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