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第十二話|ベアーマンが倒せない(前編)

 道脇の雑草が顔を出し始めた春の早朝。
その男は突然私の家へやってきた。
紺色の髪、金色の瞳、そして、このアルダナブ国では珍しい鎧姿…。
それは私のよく知っている男である。

「新年、あけましておめでとう、かな?レグ」

「碧(ピョク)よ…今はもう四月だ。
 新年のあいさつに来るのなら、もう三ヶ月ほど前に来てほしいものだな」

「わざわざ挨拶するためだけにお前の家に行くのも面倒だ。
 だったら用のある時についでに済ませた方がいいだろう」

 そう言いながら、男は私の家の中にズケズケと入ってくる。
そして私が仕事用で使っている応接間に入ったかと思うと、
すぐさまソファーの上にドッシリと腰を落とし、「何か飲むもの!」と要求してくる…。
きっとコイツの辞書には、マナーのマの字も無いのだろう。

 まぁこんなヤツだが、一応客人には違いない。
私は広間で我が物顔して座っている碧にコーヒーを淹れてやった。
…というか、何を当たり前のように座っているのかコイツは…。

「…おいレグ、なんだこれは?」

「なんだ、とは?」

「俺が朝に飲むのはトマトジュースと決めているんだ。出せ」

 そう言って、渡したコーヒー入りのマグカップを返してくる碧。

「お前が何を飲んでいるかなんて知るか。別にモーニングコーヒーでも構わんだろう」

「いいわけがない。アレを飲まないと一日が始まった気がしないんだ」

 …やれやれ。コイツは私のことを召使か何かと勘違いしているのではなかろうか?
正直コイツの毎朝決まって飲むものとか知らないし、知ろうとする気も起きない。

「わかったわかった。トマトジュースなら後で買ってきてやる。
 …で、さっき“用がある”みたいなことを言っていたが、私に何か用なのか?」

「そうだ。
 …レグ、お前俺と一緒にウグリ国に来てくれ」

 …………。
またまたこのトンデモ男は、トンデモな発言をしてきたものだ…。

 ウグリ国といえば、ここアルダナブよりも遥か東の国…
直線距離で結んでも五千キロは離れている、そうそう楽に行けるような場所じゃない。

「ふざけるな。なぜ私がそんな遠方の国に行かなければならないんだ」

「仕事さ。今度もお前の力を借りたい」

「…ウグリ国はお前の出身国だろ?なぜ地元の怪異調査員に頼まん?」

「お前以外に頼めそうな人間を知らんからだ」

 …人見知りにも程があるだろ。相変わらずだな、コイツは…。
まぁウグリ国の怪異調査員は、ここアルダナブに比べて規模は小さいし、
私のように魔法の使える人間は、確か一人もいない。
そのため、私の場合は遠くの国からの呼び出しや応援要請が来ることが、
たまにあるワケなのだが…。

「で、そのウグリ国へ行って、私は何をすればいい?」

「俺の依頼はいつも決まっているだろう?怪物退治だ」

 …あぁなるほど、そういえばそうだ。
以前は海の化け物退治に呼ばれたし、その前はグリフォン退治…。
思えばコイツの依頼は決まって怪物退治だったなぁ。

「ほぅ、で、今度は何の化け物退治に協力すればいいんだ?」

「聞いて驚け。熊男だ」

「クマ男?」

…グリフォンなどと比べれば、随分とスケールダウンしたような…。

「そうだ。二足歩行の凶暴な熊の化け物だ。
 そいつは決まって夜になって現れ、作物を荒らし、民家に入っては住民を襲っているらしい。
 実際に何人かその熊男に殺されたそうだ」

「……」

 確かに熊被害は放っておけないものがある。
だが、単なる熊退治なら、わざわざ我々調査員を呼ぶ必要はないハズだ。

「私の協力が欲しいということは、その熊、ただの熊じゃないんだな?」

「その通り。その熊、ただの熊ではない。
 目撃者の証言によると、ソイツは人間のような体格で、人間のような格好をし、
 そして僅かながら人語を喋ったという。それも男の口調の。
 俺が“熊男”と表現したのは、そのためだ」

 なるほど…確かにただの熊とは違うようだ。
知性を持った熊…ファンタジーの物語でいうところの、
リザードマンやホークマンのような、亜人の一種かもしれん。

「どうだレグ?興味が湧かないか?
 最近発生する怪事件や謎生物を調べる、お前たち怪異調査員には打ってつけの仕事だろう?」

「そうだな。だが依頼を受けるにしても、
 今回は経費なども含め、依頼料は多めに取らせてもらうぞ」

「ちっ」

 依頼料の話を出した途端、碧の眉間にシワがよる。
…コイツには前々から命を助けられたことがあるが、
こちらも生活がかかってる以上、取るものは取らないとな。

「そう機嫌を損ねるな。その分、現地の調査員よりは良い仕事をするつもりだ。
 で、いつ行けばいい?」

「なにを悠長なことを…今すぐに決まってるだろう!

「おい!ちょっと待て!
 こっちは今その話を聞いたばかりで、何にも準備できてないんだそ。
 それにお前のことだ、怪異調査本部にこの話を通してないだろう?
 この件については本部やウグリ国にも伝える必要があるし、移動にも色々手続きがあるし…」

「…三日間猶予をくれてやる。急いで話をつけてこい」

 くっ…依頼人の分際で、何様のつもりだ。


 …それから私は本部で事情を説明し、
極力早くウグリ国へ行けるように動いた。

 流石に三日間では無理だったが、
それでも一週間ほどでなんとか準備を整えることが出来た。
…やれやれ、ここまでやって、大した仕事にならなかったら、
依頼料に追加料金でも付けてやろうか…。

「それじゃあ、行ってくる。クラウディア、すまないが私が不在の間、
 ブレイヴと家のことを頼んだぞ」

「いつものことでしょ?大丈夫よ!任せておきなさい」

 と、それこそいつも通りの元気な声で応えるクラウディア。

「ねぇおとうさん、おれ、ついてやっぱり一緒に行っちゃ、ダメかなー。
 くまさん、見てみたいよー」

 と、これはブレイヴ。

「さすがに今回は連れていけないな。
 向こうに着いたら電話するから、いい子にしてなさい」

「はぁーい」

 当然のことながら、今回はブレイヴはお留守番だ。
やはり行きたがっていたが、危険な目には遭わせられんからな。
碧と一緒なら、ヤツのことだ、また息子を化け物を呼び寄せる『おとり』にされかねん。

(…連れてはいけないが、土産の一つ二つは持って帰るとするか)

 そんなことを思いつつ、私は碧と二人で、ウグリ国へと向かった。
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