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 ヤムスンという男が目の前に現れて、碧の無愛想な顔がまた一層険しくなる。
過去、この父子の間に何があったかは分からないが、もの凄く不仲であるのは明らかだ。

「レグ、何をしている。さっさと熊の情報収集だ、行くぞ」

「やめておけ。お前たちなど一撃で御陀仏じゃ。
 奴ならワシが仕留める。死んだ同胞のためにもな」

「同胞?」

 そういえばここの怪異調査支部から、数名の調査メンバーが派遣されていたと、
支部長は言っていたな。
実力からして、多分このヤムスンという男がリーダーとして動いていたのだろう。

「ということは、あなたが調査メンバー唯一の生き残り、なのですか。
 二日前から支部への報告が途絶えたのも、メンバーが壊滅してしまったため…」

「そういうことだ。
 それも奴は決まってワシの留守中に現れて、暴れている。
 向こうも警戒しているのじゃろう」

「ククク、留守中に決まって現れる、だと?」

 と、これまで口を閉ざしていた碧が、口元に笑みを浮かべながら、ヤムスンに詰め寄る。

「怪物が現れる時に限って留守していた理由を訊きたいものだ。貴様、どこへ行っていた?
 大方、仲間を置き去りにして逃げていたんだろう。
 テメーだけが助かればそれでいい…戦士の風上にも置けないクズだな」

 …いや、お前だっていつかのグリフォン退治の時には、
仲間を全滅させていたではないか、碧。
この親子、仲は悪いようだが、仲間を死なせたという、
イヤな共通点で繋がっているな…。

「何とでも言え。とにかく熊退治はワシの仕事だ。
 出会い頭にこのブラッディ・アックスの餌食にしてやる」

 と、右手で巨大な赤い斧を掲げるヤムスン。

「行くぞレグ。もうこれ以上コイツと話しても無駄だ。
 俺たちだけで熊男を退治するぞ」

 そう言い終わるや否や、ぐいと私の手首をつかみ、街中へと強引へ連れていく碧。
なんとかこの親子を和解さて、熊退治に協力し合えれば、と思うのだが、
そううまくはいかないらしい…。

…………
……


 そして夜。

 結局、有力な情報を得ることは出来なかった。
遠くの町へ避難した者、警戒して家から出ない者が殆どなのだから仕方がない。

「ふ~、やはりまだ冷えるな。なぁ碧。ピョ…」

「……」

 碧は寝ていた。

 緊張感のない男だ。それにしてもよく寝るな…。
もしかしたら次の瞬間には敵に襲われるかもしれないというのに、
そんな時によく眠っていられるものだ。

 関心すべきか、呆れるべきか、
そう思っていた次の瞬間!

ざざざ…

 背後から何やら物音が。奴か?

「碧、寝ている場合じゃないぞ。もしかしたら例の熊男かもしれん」

 私は物音のした方向に顔をやりながら、小声で碧に話しかける。

「…かもしれんな。何やら殺気が近づいてくるようだ」

「お前…起きてたのか」

「ふっ。一流の剣士はな、どんな事態にも瞬時に対応できるものだ」

「ほう、言うじゃないか」

 そんなやりとりをしていると…。

がざがざ…ぐるるるる…

 音は確かに近くなってくる。今度は獣の唸り声まで聞こえてきた。

「まさかウグリに来て初日で出くわすことになるとはな」

「こっちに近づいてくるぞ、レグ、構えておけ!」

 私と碧は、近づいてくる脅威に対し、すぐに動けるよう身構えた。
そして…

碧の言っていた熊男が、ついに我々の前に姿を現した。

 その怪物は、確かに熊だった。
体中体毛に覆われ、咽頭部には白い三日月模様がある。
小さな目は赤く光り、筋肉は、我々人間など簡単に引き裂いてしまえるほどに発達していた。

 ただコイツが普通の熊ではないのは明らかだった。
二足歩行している下半身には袴を穿き、腰には赤い着物をぶら下げている。
そして我々の姿を見つけると…。

「ぐふふふふ。まだこんなところをウロチョロしている馬鹿がいるとは…。
 このオレの噂を耳にしなかったのか?」
 もう逃げようとしても無駄だぞ。
 オレに見つかったら最後。二人とも血祭りにあげてやるわ!」

 確かに人語を喋った。
間違いない。噂の熊男だ。

「碧、コイツなんだな?例の…」

「そうだ、こいつこそ俺たちの探していた怪物、くまを君だ!」

「「く、くまを君!?」」

 私の熊男は同時に声を荒げた。

「そうだ。今名付けた。
 ふふふ。我ながらナイスネーミングセンスだ!
 そうは思わないか?思うだろう、なぁレグ?」

「……」

 コイツのセンスが理解できん。

まぁいい。いつまでも“熊の化け物”と呼ぶのは面倒だ。
ここは碧の名付けた名で呼ぶことにしよう。

「これから自分を殺す相手に名前を付けるか…。
 ぐふふふふ。面白い奴だ。
 お礼としてお前から料理してやろう」

そう言ったくまをの右手には、大きな斧が…。

「くまをじゃない!くまをだ!『君』までが名前だ!」

 碧め、妙なところにこだわりやがって…。
じゃあ何か?そのくまを君とやらに敬称をつけるとしたらどうなる?
“くまを君さん”か?

 いや!そんなことよりも…。

「碧、くまを君…っ、が構えている斧、見覚えがないか?」

「あぁ、ヤムスンのブラッディ・アックスだ。アイツめ、しくじりやがったな」

 実の父親がやられたというのに、なんとも思わないのか、この男は…。

「得物を持てば強くなるとでも思ったか?
 だが俺の剣の前では無意味なこと!
 さぁ来いくまを君!この俺が眠らせてやる!」

碧とくまを君(まだこの呼び方に慣れないな…)、
両者共に武器を構え、そして同時に攻撃を仕掛けた!

両者の間に激しくぶつかり合う刃。

しかし我々はまだ知らなかった。
この事件には、とある黒幕が絡んでいたことに…。


『ククク、ヤハリ現レタナ、怪異調査員ト剣士…。
 今度コソ消エテモラウゾ。
 ドウセオ前タチワ、ソイツニ勝ツコトハ出来ナイ
 セイゼイ足掻クガイイ』
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