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アルダナブを発って数時間後…。
「碧、着いたぞ。お前の故郷だ。起きろ」
飛行機での大移動を経て、私と碧は無事、目的地ウグリに到着した。
今回のフライトは実に平和的だった。
なにしろ飛行機が苦手と言って騒ぎ立てる大きすぎる子供(=サム)が
乗っていなかったからな。
それに比べて碧は静かだ。ずっと寝ていたから。
いや、その場合は静かというより隙だらけと言うべきだろうか。
剣士なのだから、不測の事態に備えて、
すぐに動けるよう緊張感を保ってるものだと思っていたが…。
まぁ漫画の世界のように、ハイジャックやエンジントラブルなどの
お約束の展開など起こることもなく、
こうして目的地にたどり着いたのだから良しとするか。
「さて…忘れ物は無いな…。
碧、これからこの国の怪異調査支部に行くぞ。
お前も一応依頼人なんだから、顔ぐらい出してくれるよな?」
「断る」
…言うと思った。
「事情は私の方で説明するから、お前はただ突っ立っているだけでいい。
それでもダメか?」
「……なぜわざわざココの調査員に会う必要がある?
俺はお前に頼んだだけで、調査員に依頼したワケではない」
「そう言うな。現地の調査員とも連携をとる必要がある。
異国者が無断で調査するわけにもいかんからな。
それに現地の調査員も、この件については調査しているはずだ。
なにか新しい情報を持っているかもしれん」
「むぅ…」
「なんだ?そんなに行きたがらないのには、何か理由があるのか?」
「そ、そんなものは無い!分かったよ、行けばいいんだろ!
ただし、少し顔出すだけだぞ。長居なんかしないからな!」
…なんだコイツ。何をムキになって…。
地元の調査員に余程会いたくない奴でも居るのだろうか?
しかし今ここで依頼主本人が『支部に顔を出す』と言ったんだ。
気を変えられる前に移動するとするか。
…………
……
…
「おお、レグルス君、待っていたよ」
「お久しぶりです、支部長」
「……」
怪異調査ウグリ支部。
そこの支部長と挨拶を交わすが、碧の方は黙ったままだ。
確かに私は『突っ立ってるだけでいい』とは言ったが、
もう少し愛想よくしててもいいだろう。
「ん?そこの男は…あぁ、彼が例の依頼人か」
「えぇ。彼が依頼人のピョク・スンイクです」
「……」
と、相変わらず黙っている本人の代わりに、私が紹介する。
「やはりそうか。成程。確かにあいつに似ているな…」
「あいつ?」
支部長は紹介された碧の顔を見て、何か気になることを言った気がするが、
コイツに似てるという“あいつ”とは何者だろう?
「いや…あ、そうそう。例の熊の怪物に関してなのだが、
こちらでも調査を始めたところなんだよ。
先週から調査員数名が現地に行って調べている」
「そうですか。で、その熊について、何か新たに分かったことなど、ありますか?」
「うむ…それがな、二日前から調査に出たメンバーからの連絡が来ないのだ。
こちらから呼びかけても応答しない」
連絡が途絶えた。と、いうことは…。
「支部長、それは調査メンバーが、その熊の化け物によって全滅したかもしれない、と?」
「考えたくはないが、おそらくは…。
気をつけてくれ、レグルス調査員」
「わかりました」
「レグ、話は済んだか?だったらさっさと行くぞ」
と、少しイラついた面持ちでこちらを睨んでいる碧。
何をこいつは急いでいるんだ?
それとも、やはりここ(調査団支部)に長居したくない理由でもあるのだろうか?
「わかったわかった。
では支部長。我々はこれで失礼いたします」
「うむ。良い知らせを待っているよ」
かくして、我々は支部をあとにして、現地での調査に乗り込んだ。
…………
……
…
「…碧、ここか?その化け物が出るようになった町は」
「そうだ。今のところ、昼間に出たという情報は入っていない。
おそらく次現れるとしたら、夜だろう」
時刻は、十四時をまわった頃か…。
例の熊が出るという場所は、ウグリの最南端の、静かな町だった。
特に激しい破壊の跡は見られないものの、
町の住宅は、怪物対策として、窓などに板をはるなどして、
厳戒態勢をしているようだった。
「昼間なのに、それほど人の姿が見当たらないな」
「どこかに避難した奴らもいるんだろう」
「消息を絶ったという、調査メンバーの姿も見えないな」
「あんな奴らに頼らなくても、俺の剣で叩き斬ってやるさ」
そう言って、自慢の剣に手を当てる碧。
するとその時、聞きなれない男の声が…。
「無駄だ。貴様らではあの怪物には勝てん。とっとと失せるんだな」
私と碧は、その乱暴な声のする方へと顔を向けた。
そこには中老の男がいた。
男は頭に傘をかぶり、青い着物にグレーの袴を穿いている、
なんというか…派手でもないのに異様に目立つ格好だ。
「スンイク。何故ここに来た?ここで今何が起きているか分かってるのか?」
「お前こそ、熊退治もせずに何をほっつき歩いているんだ、ヤムスン?」
ヤムスンと呼ばれた、その男は、どうやら碧と面識があるようだ。
だが、ヤムスン、ヤムスンか…どこかで聞いた名だな…。
「相変わらずだな。
いい加減実の父親を名前で呼ぶのはやめろ!スンイク!」
なっ…!
父親…この男、碧の父なのか!?
「貴様など父でも何でもない。
家を捨て、俺を捨てた貴様が、今更父親面か?フン、笑わせる」
「大事の前では何かを犠牲にしなくてはならん。それも解らぬとはまだまだ青二才だな」
怪異調査…そうか思い出した!
彼…ヤムスンの名前に覚えがあるのは当然だ。
なぜなら彼は私と同じ、怪異調査員だからだ。
ウグリ支部を支える怪物退治の達人、
ピョク・ヤムスン。
サムと同じように、その卓越した身体能力で調査員に抜擢され、
老いた今でも最前線で活躍している。
「ところでスンイクよ、お前と一緒にいるその男は何者だ?」
「フン、お前なんかに教えてやる名前はない。なぁレグルス」
思いっきし教えているじゃないか!
しかも普段はレグと略して呼んでるくせに、こんな時に限ってちゃんと呼ぶのか…。
「レグルス…おぉ、音の魔法が使えるという、アルダナブの怪異調査員か」
「初めまして、ヤムスンさん。
私はレグルス・サウザー。件の熊の怪物調査のためにこのウグリ国へ…」
「ワシは魔法なんぞ信用しておらん。
わざわざ遠くから来たところ済まないが、お前さんの出る幕はないよ。
スンイクと共に帰ってくれ」
そう言い私を突き放すヤムスン。
こうして顔を合わせるのは初めてだが、
なるほど少々取っつきにくい相手のようだ。
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