前のページへ
数時間後、サムはブレイヴとクラウディアの二人を連れてきた。
碧は、「俺は怪異調査員ではないし、護られるつもりもない」と、同行を拒否してきたそうだ。
あいつらしい。まぁ、彼のことなら心配いらないだろう。
ちょうど私もマリーナも、上さんによる隠れ拠点の案内から戻ってきたところだった。
転移装置の転送先にある隠れ拠点は、どこかの山の中にあるようだった。
近くに小さな湖があるぐらいで、他の建物や施設は何も無い。
周りは木々で覆われ、その先にも険しい山々が連なっているようだ。
道らしい道も見当たらない。まるで自然の要塞のようだった。
「うわぁ…ホンット~に何も無いところね」
隠れ拠点に案内されたクラウディアから発せられた第一声がこれである。
「でも、きれいなところだよねっ!動物とかいるのかなー?」
と、これはブレイヴ。
息子の方はどうやら気に入ってくれたようだ。
「ねぇレグルス、着替えと食料はどうするの?
急いで来いって言われたから、私、何も用意してないわよ」
…と、少し心配そうにこちらを向くクラウディア。
「食料ならある程度の蓄えがあるみたいだから問題ないだろう。
本部からも定期的に送られてくるそうだ。
服は……そういえば男ものしか無かったな」
「えぇ~?ちょっと!これからレディを匿うっていうのに、その辺は何も準備してないワケ?
しっかりしてよねっ!」
そう言われても、今日知ったばかりの場所に、
女性二人分の衣類などを用意する時間など、あるわけが無い。
大体、何を用意すればいいのかさえ分からないというのに…。
「しょうがないわねぇ~。じゃ、今日はもう遅いから、明日、買い出しに行きましょ!
マリーナちゃん、あなたも一緒よ」
『……は?』
クラウディアの突然の発言に、呆れたような顔つきで反応するマリーナ。
『なんで私も行かなきゃならないのよ?
行くなら一人で行けばいいじゃない』
「何言ってるのよ。あなたの服だってボロボロじゃない。
これからしばらくここで住むなら、何か買ってた方が絶対いいわよ」
クラウディアの言う通りだった。
見ると、マリーナの服は、我々から受けた攻撃で、所々破れたり、
汚れたりしていた。いや、そもそも彼女は、今まで会ったのを見る限り、
ずっと同じ衣装でいるような気がする。違う服は持っているのだろうか?
『私は行かないわ。今着てるのだけで十分よ。元々オシャレとか興味ないし』
「えぇ~?勿体ないわよそんなの!いいもの持ってるんだから、
お化粧とか少しするだけでも化けるわよ」
『だからっ!そういうのに興味がないんだってば!大体私は、顔とか身体に
何かを付けたり塗ったりのが嫌なんだから!』
「え?あのかぶりもの、オシャレで付けてたんじゃないの?」
二人のやりとりに、突然ブレイヴが口を挟んだ。
そうか、子供からしてみたら、あの仮面もオシャレの一つとして被っているように見えるのか。
『あれは…、私の顔を周りにジロジロ見られるのが嫌だったから仕方なく…』
「お化粧も仮面と同じよ。自分を着飾るためじゃなくて、自分を守ったり、自信をつけたり
することにも使われるんだから」
すかさずクラウディアがマリーナを説得する。
『でも…そういうのやったこと無いから分からないし、面倒くさそうだし…』
「だいじょーぶっ!この私にまっかせなさ~い!
私が、女の子に生まれたことの喜びを教えてあげるわよっ♪」
『……どうしても連れてきたいワケ?言っとくけど、私、この世界のお金、持ってないんだけど』
ふむ…。最初は買い物に対して行きたがらなかったマリーナも、今のやり取りを見る限りでは、
本気で嫌がっているわけでもなさそうだ。ならば、ここで私からも一押ししてみるか。
「お金の心配ならいらないぞ。君の分のお金は私が用意しよう」
『えっ!そ、そんなの要らないわよ!そんなの悪いし、私、返せない…』
と、慌ててみせるマリーナ。しかし、元々彼女の当面の生活は私が面倒を見ることに
なっているのだ。このくらい当然だろう。
「君の分のお金は我々の本部から貰っている。だから返す必要はないんだ。遠慮なく使ってくれ」
「ありがとレグルスっ!とーぜん、私の分もあるのよね?」
どさくさに紛れて、クラウディアが調子の良いことを言ってくる。
「何を言っているんだ。お前は自分のお金を持っているだろう。
自分のものは自分のお金で買うんだな」
「なによこの待遇の差は。ケチ!」
と、頬を膨らませてみせる。
とはいえ、本当に怒っているわけではない。私ならこう返すと分かっていて、
向こうも用意した反応をしているに過ぎない。
「じゃ、私とマリーナちゃんは明日買い物に行ってくるわね。
ブレイヴ君、明日はお父さんと一緒に、お留守番を頼めるかしら?」
「うん!大丈夫だよ!」
クラウディアに対して、元気よく返事をするブレイヴ。
そうだな。明日はこの辺りについて、色々調べたいと思っていたから
息子も一緒に連れて行くことにしようか。
「レグルス、いちおーアンタは重症患者なんだから、明日はちゃ~んと寝てないと
ダメなんだからねっ!」
う…念を押されてしまった。さすが昔からの付き合いだけに、私が考えていることは
お見通しのようだった。仕方がない。明日はゆっくりするとしよう。
こうして、我々にとっての長い一日は、終わりを告げた。
次のページへ