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 サムの姿が見えなくなってから、どのくらい経ったのだろうか?
やがて霧は晴れ、辺りの景色が確認できるようになった。

「…!」

 しかし、次の瞬間私は驚愕した。
何故なら今まで居たはずの場所とは明らかに違う景色が目の前に広がっていたからだ!

「どこだここは?」

「少なくとも、オレの知ってる場所じゃねーな」

「!」

突如、私の独り言に答える人物が!
驚いた私は、声のする方へ振り向いた。

「あなたは一体…って、サム!」

「おぅ!やっぱりレグルスか!森ではぐれたかと思ったら、お前もここにいたのか!」

「あぁ、霧に包まれたかと思えば、こんな見知らぬ場所まで…。
 一体どうなっているのやら…」

 原理は解らんが、おそらくあの霧は、あの森に入った者を
この場所まで移動させる作用があるのだろう。
 この霧は何者かが作りだしたものだろう。働き盛りの男たちを手に入れるために。
はっきりしているのは、これは普通の人間の仕業ではないということだ。
今は聖陽歴1996年。現代の科学力で物質転送物質転送効果のある霧などつくれないからな。
とすると、これは人外の者の仕業…
この場所ももしかしたら我々の住んでいる世界とは別世界かもしれない。

 そもそも我々のような怪現象を調べる役職ができたのは、数年前より
人外の知能生命体と、異世界の存在が確認されたためなのだ。
各国のお偉いさん方は、それらに関心を抱くと共に、恐怖の対象として見た。
もしその異世界人が地球を侵略しに来たら、彼らがやってくることで世界に悪影響をもたらしたら…
実際、ここ数年だけで数多くの不可解な事件が多発するようになった。今回の一件のように。

「ん?ありゃあオレの依頼人の捜し人じゃねーか?」

 サムが遠方を指差し、そう言った。
確かに人の姿が見える。見るからに筋肉質の男だ。
む・・・?
その隣には、私の依頼人、佐東氏の夫の佐東優(♂)の姿もあった。
彼女からは捜し人の顔写真を貰っている。確認したが間違いない、あの男だ。

「まるで何者かに奴隷の如く働かされているようだな」

「そうか!働き手欲しさにあんなカラクリを使ったんだな!」

カラクリ…あの赤い霧のことか。確かにそう考えるのが妥当か…。

「サム、お前はさらわれた人間たちを解放してきてくれ。
 私はあの霧の発生装置を探してみる。
 その装置を使えば、あるいは元の場所に帰れるかもしれん」

「おぅ!任せろ!ついでにさらった本人がいたらブチのめしてもいいな?」

「いや、救助最優先だ。相手の正体、規模、さらった理由もわからんからな」

「チッ!わかったよ。そーゆー心構えで行ってくらぁ」

 そう言って、サムはさらわれた男共のところへ走っていった。
…さて、こちらも行動開始だ。

 私は霧を発生させているであろう装置を探した。
しかし、それらしき物体が見当たらない。

(…あるとするなら、そう遠くには無いはずだ。何処だ?)

 見渡しても何も見当たらない。そもそもそのような装置は存在しないというのだろうか?
ならばあの霧はどこから…?

「ん?」

 すると、少し違和感を感じるものが地面に存在していた。
マンホール…?いや、それにしては変だ。妙な管が蓋から突き出ている…
私はその異様なマンホールらしき物に近づいた。
そして、蓋を開けてみると…

「ん?これは…」

 蓋の中は、サムの言うようなカラクリ仕掛けのオンパレードだ。
霧発生装置はこれに間違いないだろう。

「…オマケに使用説明書まで置いてやがる…
 言語は…見るからに古代文字のようだ。これなら私にも解読可能だ」

かつて私は、考古学を専攻していたのだ。まだこの仕事に就く前の話だ。
このような高性能機器の仕様書が何故古代言語で書かれているかは謎だが、
書かれている内容を解読して確信した。これこそ赤い霧の発生源だ…!

「成程…転移場所の指定ができるのか…それも一方通行の。
 一方はヨーゲルのヴェール…あの森の座標が入力されている。
 もう一方は…おそらくここのことだ。
 ここに入力されている指定場所を入れ替えてしまえば、
 元の場所に帰ることができるというわけだ」

『ほほぅ。まさか転送ガス装置の操作が可能な人間がいるとはな』

「…!」

 突如、背後から重々しい声が聞こえた。
しまった!見つかった!この声の主がこの事件をおこした張本人か?
振り向くとそこには巨大な鎧の塊が立っていた。
被り物のせいで表情は読み取れないが、どうやら私を睨みつけているようだ。

『貴様たち人間は、我が世界創生のために必要なのだ。
 勝手に帰られては困るのだよ』

「世界創生だと?ではここは…?」

『そうだ。この地こそ余の統治する世界。まだ名もなき小さな小さな世界だ。
 だがゆくゆくは大きな世界となる。貴様ら人間という名の奴隷を使ってな!』

 なるほど。そういうことだったのか。
一連の事件はこの鎧男が仕組んだもの。
それも、己の世界とやらの開拓のために、無関係な人間を利用するのが目的らしい。
道理で働き盛りの人間ばかりを狙っていたわけだ。
労働力の無い者を呼び寄せても、かえって邪魔になるだけだからな。

「…悪いが我々人間はお前の道具ではない。
 自分の世界を築き上げたいのなら、自分の手で行うんだな」

『余に逆らうというのか?貴重な働き手を失うのは惜しいが、
 装置を使える貴様を生かしておくのは危険だな。消えてもらおうか』

「いいのかな?その位置から攻撃すれば、
 お前の大事なカラクリ装置も使い物にならなくなるぞ」

 互いに動かないまま、睨み合いが続く…
せめてサムが戻ってきてくれれば、
サムがこの鎧男を僅かな時間だけでも引きつけてくれさえすれば、
この装置の指定されている転移場所を書き換え、
あの赤い霧を発動させることができるというのに…

「うぉるるるぃやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!」

 その時だった!
豪快な叫び声をあげ、目の前の鎧男の背後から襲いかかろうとする一つの影が見えた!
サムだ!
鎧男のビッグボディめがけて高くジャンプし、後頭部に痛烈な一撃をお見舞いした!
…はずだったのだが。

『むん!』

 背後からの殺気に気づいた男は、右手でガードし、サムの一撃を凌いだ!

「チッ!なんつー硬ぇ鎧だ。オレ様のハンマー攻撃でもビクともしねぇ」

「サム!コイツにさらわれた人間たちは連れてきたのか?」

「あぁ!全員無事だぜ!だからお前は早くあの赤いモヤモヤを出しな!」

「わかっている!」

 サムが鎧男の注意を引いてくれたおかげで、こちらの準備は整った。
即座に転移先を指定し、私は転移ガスの発生スイッチを押した。
すると装置の管から赤い霧状ガスが吹き出てきた。

「さぁみんな!今のうちに早く霧の中へ!」

『そうはさせるか!逃げるのならば一人残らず抹殺だ!』

「おおっと!ここから先へは行かせないゼ!お前の相手はこのサム様だ!」

『貴っ様ぁぁぁっ!』

 サムが鎧男を引きつけている間に、私は数十人の男たちを霧の中へ誘導した。
あとはこの鎧男をなんとかしなければ!
こうなった以上、戦いは避けられないだろう…。
最後の一人が霧の中に入ったのを確認すると、私もサムに助太刀すべく、鎧男に勝負を挑んだ!
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