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「よぉ!久しぶりじゃねーかレグルス!」

 玄関から出た途端、豪快な挨拶をされる。
見ると大男が私の家の前に立っているではないか。

「誰だお前は?」

「おいおいおい!仕事仲間の顔を忘れたのかよ!オレだよオレ!」

「お前、ここをドコだと思っている?小説だぞ。
 オレオレじゃあ、この物語を読んでいる人には分からんだろう」

「そんなもの、左に挿絵が出るから問題ない!」

 お前は…もし作者が挿絵を用意出来なかったら、とか考えなかったのか?

「で、だ。本当にオレのこと忘れたのかよ!」

「いいや。その面、忘れる方が難しいさ。
 私が言いたいのは、きちんと読者に自己紹介しろということだ」

「は?そういうのは解説文とかで紹介してくれるもんじゃないのか?」

「自分のことだ。自分で紹介すべきだろう」

「それもそうだな。んじゃ、これ読んでるお前!そうお前だ!
 いいか?一度しか言わないからよく聴け!オレ様の名は…」

 この黒い肌の縮れ毛の体育会系はサム・スタット。私の仕事仲間だ。
南の大陸出身で、年中この姿のパワフルな男である。
見たとおりの筋肉バカといったところか。それでもいざと言う時頼りになる奴なのだ。

「…って結局解説すんのかよ!」

 突然怒鳴りだすサム。
どうやら張り切って自己紹介をしようとしたのに、
妨害、いや見せ場をとられたことが許せなかったようだ。

「いちいち五月蠅い奴だな。そもそも私に何の用だ?
 生憎今仕事が入ったとこだ。お前の相手をしている暇はない」

「そう言うなって。オレも仕事なんだよ。
 北の森の蒸発事件で、お前の力を借りたいと思ってな!」

「…何?」

 目の前の同僚が予想外の言葉を吐き出した。
サムよ、お前の口からその事件の名を聞くとは思わなかったぞ。
よもや、お前も私と同じ依頼を受けているとは…
ということは、被害者は彼女だけではないということか。

「何だよその顔は?…はは~ん。
 お前の受けた依頼とやらも、その蒸発事件の件だな?」

「まぁな。今から現場に行こうと思っていたところだ」

「そいつぁ丁度いい!俺も同行するぜ!いいだろ?」

「ふ…断る理由は無いな」

 かくして、私はこのサムという大男と2人で例の事件現場に行くことになった。


「ところでサムよ。お前は私も同じ依頼を受けていることを知らなかったのだろう。
 そんな私のところに来た理由は何なのだ?」

 時刻は昼の一二時四二分。
北の森に入り現場に向かう道中、私は一つの疑問をサムにぶつけた。

「ん?あぁ!実はな、オレは今回の依頼を受けてから、独自に色々調べてたんだ」

「調べてたとは、今回の事件のことだな」

「まぁな。で、実は今回の蒸発事件は、
 ここ数ヶ月のうち何回も起こってたってことがわかったんだ!」

「ほぅ。それほど頻繁に起こっているのに、今までそういった話を聞かないのが不思議だな」

「実を言うとな、この一連の事件には、ある共通点があるんだ。
 消えちまうのは決まって働き盛りの男なんだそーだ。
 最初は警察とかが捜索してたんだが、そいつらも居なくなっちまって、
 帰ってきたのは婦警のねーちゃんだけだったみたいだぜ!」

「ミイラ取りがミイラになったってわけか。で、ようやく我々に仕事が回ってきた、と」

「そゆこと!んで、知り合いの働き盛りの男を連れて、様子をみてみようかと…」

「ほほぅ…つまり私にオトリになれということか…!」

「まーまー。そう怒んなよ。お前なら大丈夫だって!」

 何が大丈夫なんだ…コイツ、最初からそのつもりで来たのか。
勝手に人を犠牲にしようとして…
それに私からすれば、お前も十分“働き盛りの男”だよ、サム。私よりもな。

 そうこうしているうちに、目標の地点に到着した。
依頼人・佐東氏の話によると、森のある山の頂上に着いた途端、
謎の赤い霧が現れたという。
ヨーゲルのヴェールと呼ばれるこの場所を実際覆ったのはヴェールでなく、
妖しい霧だったわけだ。

「ここがモヤモヤの発生地点か、レグルス?」

「らしいな、一見何も無い普通の…」

 そう言いかけた時だった!
突如、周りの景色がぼやけて見えるではないか。
それも、白く薄い靄がかかっているのならまだわかるが、これは違う!
赤いのだ。視界を遮るほどの不自然な赤!

「サム!まさかこれはっ!」

「ああ。どうやらこれがそうらしいなっ!」

 あっという間に霧が濃くなった。もうサムの姿もよく見えない。

「サム!無事かっ?」

 …返事が無い。ただの無視のようだ。
いや違う!どうやらサムには私の声が届いていないらしい。…どういうことだ?
この霧は視界だけでなく、音も遮っているとでもいうのか?

 そしてついに、サムの姿が完全に見えなくなった…

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