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 碧の待つ海辺は、最早寒いというレベルを超えていた。
風も強く、荒々しい波の音がより寒さを増幅させているような気がする。
こんなところに本当に碧の奴はいるのか?
まぁいたとしても、かなり着込んでいるんだろうなぁ…。

 そんなことを考えていた時だった。

「…随分と待たせてくれたな、レグ」

 背を向けていた側の海岸から、声が聴こえてきた。
その声、その口調、それにレグという呼び方…紛れもなく碧のものだった。

「あぁすまない。少しおくれたな、ピョ…ク?」

「…疑問系で人の名を呼ぶな。全く失礼な奴だ」

 うむ。こちらも疑問系で名を呼ぶつもりはなかったんだよ、碧君。
でも、でもな…。

「……寒くないのか?その格好」

「心頭滅却すれば、雪もまた温かし、だ」

 いや。それを言うなら火もまた涼し、じゃないか?
と、心の中でツッコミを入れてみるが、それにしてもこの男の格好には驚くものがあった。
サムのように肌を露出しているワケではないが、それでもいつもと変わらぬ鎧姿だ。
違う点があるとすれば、背中にマントのようなものを付けているぐらいだが、
それだけで防寒対策と名乗っているだなんて思いたくもない。

「大体、俺は身体にまとわり付くような服は着たくないんだ。
 そんな格好は軟弱者のすることだよ」

…おのれ、サムと同じことを言いやがって。
まるで私の方が異常に思われるではないか。

「ん?そういえば、あの小僧はどうした?連れてこなかったのか?」

「今は寝てるよ。疲れてるんだろう、ゆっくり寝かせてやれ」

「やれやれ、それじゃ何のために連れてきたか分からんじゃないか。
 まぁいい。じゃ、本題に入るぞ」

「あぁ、頼む」

「まぁ俺からの依頼ということで、大体どんなものかは想像がつくだろう。
 怪物退治のサポートを頼みたい」

 それから碧は私に、その怪物の特徴について説明をしてきた。
そいつは海からやってくるということ、巨大な怪物ではないが、
集団で行動して襲い掛かってくるということ。
そして…。

「これは未確認情報だが、被害者のなかで唯一生き残った奴の話によると、
 海の上に仮面を付けた何かが見えたんだそうだ」

「なに?まさか…」

「ああ、あの特急列車を襲った奴と、何か関係があるかもしれないな。
 仲間か、或いは同一人物か…」

「なるほど。私を呼んだ理由の一つがそれか」

「その通り。どうだ?わざわざ遠出してきた甲斐があっただろう?」

「ふっ、隣国への移動程度は、遠出とは言わないよ。
 少なくとも、我々のような仕事をやっている者にとってはね」

「そうか?因みに報酬もちゃんと用意してある。引き受けてくれるな?」

「勿論だ。お前には、前にも助けてもらったからな。
 それに例の仮面絡みとあっては、断る理由も無い」

「そう言うと思ったよ……よし、そろそろだな」

「ん?何が‘そろそろ’なんだ?」

 私が碧への協力要請にOKを出したところで、
突然碧は妙なことを言い出した。

「生存者の話によると、ちょうど今の時間帯にその化け物軍団が現れたんだそうだ
 今日そいつらが来るとしたら、多分今しかない」

「もし来なかったらどうするんだ?」

「来るまで待つ。現に俺は一週間程待っている」

「それだけ待って、今まで一度も出てこなかったのか?」

「そうだ」

「…一週間もジッと待ち続けるとは…随分とヒマな奴だな」

「ジッとは待っていない。剣の鍛錬をしながら待った」

「あぁそう…」

 まぁ私もグロテプスを待った時には五日間ぐらいは掛かったからな。
人のことは言えないか。

 それにしても、例の仮面絡みの依頼かぁ…
仮面といえば、以前ウチにやってきた奇妙な少女…マリーナと言ってたか、
確かあの子も仮面を被っていたな…
…いや偶然だろうな。確かに一つ目で変なことを言うような子だったが、
この事件やあの列車での出来事とは関係ないだろう。

 そんなことを考えていると、遠くから大きな波がこちらに向かってやってくるのが確認できた。

「これは離れた方がいいんじゃないか?
 あの大波、ここまで来そうだ」

「……いやよく見ろ、あれはただの波じゃないみたいだぜ」

「…む?」

 碧の言葉に、私は目を凝らしてその波を注視してみた。
しかし、やはり大型の波にしか見えない。

「まだ分からんのか?アレが怪物の正体だ!」

「なに?」

 そんな馬鹿な。そう思いながらも私は更に注意深く波を見てみると…。

「……っ!」

 何も言葉が出なかった。
誠に信じがたいことだが…現実に起こっているのだから信じるしかない。
何百、何千、いや何万かもしれない、無数の小さな生物が集まり、
波に乗ってこちらへと向かってきているのだ!

「おい碧、こんな大群とは聞いてなかったぞ。
 大丈夫なのか?」

「だからお前に協力してもらうんじゃないか。
 援護と、それから俺が倒し損ねた相手を片付けてもらうためにな」

「倒し損ねるってレベルじゃない…明らかに向こうの数が多すぎるだろ!」

「問題ない。いかに相手が多かろうと、俺の編み出した新技の敵ではない」

「新技だと?」

「ああ。奴らをどう料理しようか、一週間待っている間に考えた
 出来たてほやほやの技さ。この必殺剣の前では奴らなど恐るるに足らん!」

 不敵に笑う碧。どうやらその新技とやらに大層な自信を持っているようだ。
まぁ、お手並み拝見といきますか。

…………
……


 ほぼちょうど同時刻、
我々の様子を影から見ている者がいた。
そいつは私や碧には聞こえないような小さな声で、こう呟いた。

『ふふふ…来たわね怪異調査員。
 エサを用意したらまんまと食いついてきちゃって……ふふふふふ。
 レグルス…この前のお礼はたっぷりとさせてもらうわよ』
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