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第四話|狩るものと狩られるもの

 ブレイヴは不安だった。
いつもそばにいる父が、いつも護ってくれた父が今は居ない。
あの赤いモヤモヤが父レグルスを連れ去ってから、もう随分と時間が経っている。

(もしこのまま帰ってこなかったら…)

 それは決して認めたくないことだった。
父の不在という現実は、まだ六歳の少年にとっては酷過ぎる。
ブレイブは極力嫌なことは考えないようにした。
しかし父のことを想う度に、悪い方向に思考が偏っていってしまう。

「お父さん、大丈夫かなぁ・・・」

「ここに居ない奴の心配をしても仕方ないだろう」

 自然と少年の口からこぼれたつぶやきに対して、
そばにいた剣士が厳しく、そして力強い声で答えた。

「心配してもお前の父親が帰ってくるわけではないだろう。
 今は自分の心配をしていな」

 そう言いながら、剣士は空を見上げた。
いや、正確には上空から聞こえる羽音の方向を向いたのである。

「…どうやらお目当ての怪物のお出ましのようだな!」

 鷲のような頭と翼、そして獅子を思わせる巨大な胴体。
この遺跡の守護神、グリフォンがついに現れたのである!

「お、お兄さん!あ、あの大っきいのって、もしかして…」

「あぁ。どうやらさっきの赤い霧を見て、感づいたんだろう」

「ど、どどどうしよう!?おれたち、このままじゃペロリって食べられちゃうよっ!」

「食べられたくなかったら、そこでじっとしてろ。奴は俺が仕留める」

 おどおどとしているブレイヴに対し、剣士・碧は冷静だった。
その顔はどこか嬉しそうで、それでいて凄まじい殺気を帯びた、
近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

「だ、大丈夫なの?に、逃げたほうがいいんじゃ…」

 しかし、恐る恐る話しかける少年の声など全く耳に入っていないのだろう、
剣士は空にいる鳥類とも哺乳類とも呼び難い魔獣に向かって剣をかざした。

「この剣に見覚えがあるだろう!貴様の右目を奪った憎っくき男だ!
 貴様を切り刻みに戻ってきたぞ!さぁ、かかってこいっ!」

 そう、怪物の右目には痛々しい傷跡がある。
これは以前碧たちとの戦いで負った傷なのた。
怪物は残った眼で男を睨み付けた。
そして…。

『きぃやぁぁぁっ!』

 何とも形容し難い醜い声をあげたかと思うと、男に向かって急降下してきた。

「あぶないっ!お兄さん!」

 鋭い爪が振り落とされ、そして剣士の頭は引き裂かれた!
……かに見えたが、間一髪、男は瞬時に攻撃を避けていた。
そして直ぐに体勢を整え、今度は地面に降り立った怪物に向かって斬りかかった!

「くらえーっ!怒竜怪鳴斬!

 男の放った必殺剣が、グリフォンの胴体目掛けて放たれた。
まともに直撃すれば、竜のような怪物が唸り声をあげたような
鈍い音が響き渡るはずだった。
しかし!

ガキィィィン!

 響き渡ったのは金属がぶつかり合うような、軽い音だった。
なんと、怪物は剣士の一撃を前脚で受け止めてしまったのだ!

『ケケェェェェッ!』

 再び奇声を放ったかと思えば、今度は翼を広げて、上昇し始めた。

「に、逃げるのかなぁ」

 物陰に隠れていたブレイヴは、飛び立つ怪物を見て、退散したのかと思った。
しかし碧は剣を収めようとはしなかった。
空に浮かぶ敵を見つめつつ、ずっと身構えている。

「!…いかん!小僧、そのまま動くなよ!」

「え…?」

 男が叫ぶと同時に、空の怪物はその大きな翼を激しく羽ばたかせ始めた。
凄まじい風圧が二人を襲う。
しかしその風圧に混じり、鋭い刃のような何かが無数に飛んでくる!

ズドドドドドッ!

「え?こ、これって…」

 地面に突き刺さった何かを見て、ブレイヴは驚いた。
なんと刃と思われたそれは、グルフォンの翼から放たれた羽根だったのだ!

「ぐ…ぅぅっ!」

 凶器と化した羽根は、容赦なく男の身体に突き刺さっていく。
鎧のおかげで急所には刺さらずに済んだが、
それでも手足に負ったダメージは予想外に大きい。

「お兄さんっ!」

「…その呼び方はやめろ。俺はお前の兄ではない」

 負傷しても、男は戦意を失ってはいなかった。
次の瞬間、男は隠し持っていた一本のナイフを怪物に向かって投げた。

『!…ぎぃぃっ!』

 グリフォンの作り出した風を切って、
碧の投げたナイフは一直線に突き進んでいく。
そして、ついに怪物の腹にに深々と突き刺さった!
さすがのグリフォンも翼の動きを止め、地面へと墜落する。

「ざ、ざまぁ見ろ…」

 そう言いながら、地に伏した怪物のもとへ近づいていく碧。
ナイフが心臓に当たったのか、ぐったりとしたまま、動こうとしない。

「前の時もあの羽根攻撃には苦しんだからな。そう同じ手が効くとでも思ったか?」

 男が話しかけても、怪物は無反応だった。

「お、終わったの?」

「あぁ、もう出てきても構わんぞ。意外にあっけなかたが、化け物は倒れた」

「そ、そっかぁ、よかっ…あひゃぁ☆

「おいおい、何ヘンな声出してるんだ?」

「だ、だって今…え?…お父さん?…あれ?」

 どういうワケか、このガキは混乱しているようだ、
そう思いながら、怪物から目を離し、少年の方を向いていた碧。

しかし!

『ぎぃぇぇぇっ!』

 なんと怪物はまだ生きていた!
そして…。

「ぬぐぅぅ…!」

「…………えっ?」

 それは一瞬の出来事だった。
ブレイヴが驚くのもムリはない。
彼の耳はハッキリと、肉の裂ける嫌な音が聴きとっていた。
怪物の鋭い爪が、碧の背中を引き裂いたのだ!

「お、お兄さん…?」

 そのまま男は力なく倒れてしまった。
まだ息はあったが、とても戦えるような状態ではない。

…ギロリ!

「ひぃ!」

 蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことを指すのだろう。
グリフォンの凍りつくような鋭い眼光がブレイヴの小さな身体を捉えていた。
そしてブレイヴもまた、怪物と目が合ってしまっていた。
怪物は次の獲物を狙うかのように、その場で固まったままのブレイヴに襲い掛かった!
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