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第三話|護るものと護られるもの
フロンスとかいう鎧男が起こした赤い霧の誘拐事件以降、ある一つの疑問が私の頭から離れない。
それはあの時鎧男が使っていた霧、転移ガス装置の出所である。
奴自身が作ったものではないというのだから、以前からあったものだということになる。
ならば一体誰が何の目的であの装置を作り上げ、あの場所に置いていったのか?
その謎を解く鍵は、装置の使用説明書に使われていた、古代言語にあると思われる。
あの文字は、大昔にこの辺りを支配していた古代文明人が使っていたものだ。
しかし今のところ、その古代人が物質を転移させるような高度な道具を作ったと記された文献は全く見当たらない。
この謎については、更に調査する必要がありそうだ…。
「お父さーん。お父さんに用って人が呼んでるよー!」
家の地下書物庫で調べ物をしていた私の耳に、ブレイヴの大声が入ってきた。
(…私に用?変だな。今日は依頼人と会う約束はしていない筈だが…)
そう思いつつ、ブレイヴと客人のいる居間へと足を運ぶ。
果たして、そこで私を待っていたのは、全く予想外の人物だった。
「久しいな、レグ」
「…!」
紺色の髪、軽鎧を身に纏ったこの若者を私は知っている。
しかし彼は…
「生きて…いたのか?碧(ピョク)」
「幽霊に会った様な顔をするな。こう見えても…いやこの通り、俺は生身の人間だ」
この男の名は『
ピョク・スンイク』。この現代社会の中でも異色な格好をしている彼は、
東洋の国出身で、古代剣術の使い手でもある。
まだ私が怪異調査という仕事を始めて間もない頃、この男に何度か助けられたことがある。
ここ数年はある国で害獣駆除のチームを作り、活動していたようだが…。
「しかし本当に驚いたな。テレビや新聞ではこう報じられていたぞ。
“古代剣術士率いる討伐隊、巨大怪物捜索中に戦死”とな」
「あいにく、主人公は何があっても死なないものさ」
お前が主人公だと?笑わせる。
私は心の中でそう思っていたが、敢えて口にはださず、奴の言葉の続きを聴いた。
「討伐には失敗したが、何とか逃げ延びてきたのだ。
そこで今回はお前に直接依頼しに来た。怪物駆除のリベンジの為に、お前の力を貸してくれ」
「我々の仕事のルールを知らぬわけではあるまい。私に依頼したければ、まず役所へ行け」
「時間が惜しいのだ。報酬もある。どうせお前は今、暇していたんだろう?」
「生憎、今日は調べものがあって忙しいんだ。諦めて他の奴に助けを求めるんだな」
「そうか…ならば仕方ないな」
そう言って、アポなし訪問してきた男は私から離れた。
諦めて別の所へ頼み込みに行くのか。
そう思っていた時だった!
「お前が来ないなら、代わりにこの小僧を連れて行く!」
突如、碧は近くにいたブレイヴを捕まえてそう叫んだ。
「え、ええ?お、おれ?」
いきなり手首を握られ、そのまま男のもとへ引き寄せられたブレイヴ。
これには流石の息子も動揺し、碧の顔を見ながら驚きの声をあげる。
「お前…正気か?まだ六歳の子供を連れていって、役に立つとでも思っているのか?」
「十分役立つ。この子をオトリとして、怪物をおびき出す。そこを叩くのさ」
「利用する気か!父親として、そいつを危険な目に遭わせるわけにはいかない!」
「ならば同行してくれるな?私の怪物討伐のために」
「…いいだろう。協力しよう」
卑怯にも、息子まで巻き込もうとする碧の強引な手口に、悔しいが屈するしかなかった。
「しかし何故そこまでして私の力を求めるのだ?」
「この国にはお前ぐらいしか知り合いはいない。それにお前の音を操る力は、何かと便利だ」
知り合いはいない、か。そりゃ、目的のためには手段を選ばないお前だ。
そんな性格じゃ、友達もなかなか出来ないだろうよ。
ひょっとして数ヶ月前の怪物駆除も、こいつが勝手な行動して、それが原因で失敗したんじゃないか?
「ところで、そろそろ息子を放してはもらえないかな?」
「何を言っている。こいつにも同行してもらうんだよ。
お前の助力にオトリ。2つ揃ってた方が怪物退治も成功しやすい」
なっ!
コイツ、最初からそれが狙いか!
他の調査員のもとへは行かず真っ先に私のところに来たのは、私に子供がいるから。
そして親子の情を利用して、どちらも来てもらうつもりだったんだな。
「卑怯だぞ。お前には人としての情というものが無いのか!」
「くだらんな。そんなもの金にも何の足しにもならん。邪魔なお荷物だ」
「貴様っ……!」
「まって!お父さんっ!」
男に掴みかかろうとする私を制止したのは、なんとブレイヴだった。
「おれなら大丈夫だよ。だから行こっ」
「何が“大丈夫”だ!この前、森で迷子になったのはどこのどいつだ?」
「ぅ…こ、今度は大丈夫だもんっ!」
この前のUMA探しの時の話を出され、顔を真っ赤にするブレイヴ。
そしてムキになって私の言葉に反論する。
「…はぁ。お前がそこまで言うなら、もう止めないよ」
「うん!ありがと、お父さん!」
「さて、二人とも準備はいいか?出かけるぞ
目的地はここから歩いて四日程の距離の森林地帯だ」
かくして、我々親子は、この碧という男に連れられ、
その巨大怪物が出るという場所まで向かった。
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