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ところ変わって、アルダナブの都市ヨーゲルにある、レグルスの家。
マリーナの手によって重傷を負ったレグルスは、手当てが早かったこともあり、
一命こそ取り留めたものの、昏睡状態が続き、
今も自分の部屋の中で深い眠りについている。
そんな彼の看病を続けているのはクラウディアだった。
昼時の今は、外でブレイヴの相手をしている。
「ねえおばさん。お父さん、まだ起きないの?」
「うん…。
このところ、お仕事が忙しかったから、疲れてるのよ。
もうちょっと、休ませてあげましょ」
もちろん、六歳のブレイヴには真実は話していない。
彼が父の怪我のことをしったら、ショックが大きいだろうからだ。
「お父さん…早く起きないかなー」
幸い、ブレイヴはクラウディアの言うことを信じて、
父は疲れて眠っているだけだと思っているようだ。
レグルスの容体を気にし、看病で疲れていたクラウディアにとって、
ブレイヴが真実を知らないでいるということは、唯一の救いでもあった。
「よし!じゃあ、お姉さんが
寝坊助(ねぼすけ)パパの様子を見てくるわ」
「あ、じゃあおれも一緒に…」
「いいからいいから!
お姉さんに任せといて!ねっ」
ついてこようとするブレイヴをなだめ、
クラウディアは家の中に入り、レグルスの寝室へと向かった。
…………
……
…
寝室は、相変わらず静かだった。
布団の中に眠るレグルスは、かすかな寝息をたてているだけで、
一向に目を開けようとしない。
クラウディアは眠る彼の顔に、自身の顔を近づける。
そして、彼に語りかけるように、こうささやいた。
「レグルス。
ブレイヴ君には、あなたのケガのことは喋ってないわ。安心して。
あなたが眠っている間は、私があの子の笑顔を護ってみせるから…」
レグルスからは、返事らしい返事は何も来ない。
彼はただ、寝息を立てているだけだった。
構わずクラウディアは、彼の耳の近くでささやき続ける。
「まったく、そんなケガするなんて…ドジね。
あんたって、昔からドジなところがあったもんね…
ねぇ…そんな傷早く治して、あの子に元気な姿を見せなさいよ…
もしもこのまま…起きなかったら……ただじゃおかないんだからね…っ!」
語りかけているクラウディアの瞳が、うるうると潤み始めていた。
そして、その瞳から一粒の滴が頬を伝って流れそうになった、その時。
「おばちゃーん!サムおじちゃんと、ピョクお兄さんが来たよー」
家の外から、ブレイヴの大きな声が聞こえた。
「あ、はーい!今行くわー!」
クラウディアは、目をこすりながら、ブレイヴの呼ぶ声に答える。
そして玄関を開けると、そこにはサムと碧の姿があった。
「よぅ嬢ちゃん!久しぶりだなぁ!」
「あら、サムさん!いらっしゃい。
で…そっちの人はもしかして、前にレグルスを家に運んでくれた…」
「…碧(ピョク)スンイクだ。覚えておくがいい」
元気よくクラウディアに話しかけるサムと、
顔を横に向けながら、無愛想な挨拶をする碧。
実に対照的な二人が、こうしてレグルスの見舞いに来てくれたのだ。
「わざわざ来てくれてありがとう。
…でもね、レグルスはまだ目が覚めないの」
「そんなにヒドくやられたのか、アイツ!」
「バカが…仮面のヤツに気をつけろって忠告したのに、なんてザマだ」
真剣に驚くサムと、険しい顔をする碧。
二人とも、レグルスのことを心配しているようだ。
「あ、あいつなら大丈夫よ!きっとすぐ目を覚ますわ。
私は昔からあいつとは一緒だったから、わかるの!」
と、クラウディアは気丈にそう言いきった。
「そっか!嬢ちゃんがそう言うなら間違いないな!
オレはよぉ、レグルスの上司に言われて、
お前たちを敵から護ることになったんだ」
レグルスの安否がわかったところで、
サムは改めてここに来た理由を話した。
それに大して碧はというと…。
「ふん!レグのことなど大して気にしてはいない。
だがここに来れば、レグにトドメを刺そうとする輩が現れるだろうと思ってな、
俺がそいつらを倒してやろうと思ったまでよ」
という風に、レグルスのことはまるで‘ついで’のように言って見せた。
「敵…?もしかして、ここにレグルスを刺した奴がやってくるっていうの?」
「わからねぇが、その可能性があるってこった!
だから嬢ちゃんも、ボーズ連れて、家ん中に隠れた方がいいかもしれねぇぜ?」
「隠れるって…イヤよ!
レグルスをあんな目に遭わせたヤツなんでしょ?許せないわ!
私が行って、思いっきりぶん殴ってやるんだからっ!」
そう言いながら、クラウディアは拳を握って、ぶんぶんと振り回す。
「ハッハッハ!こいつぁいいや!
こりゃ敵さんもイチコロかもしれねぇなぁ!」
「…なにをフザけているんだ、お前らは。
見ろ、怪しい奴らが近づいて来たぞ」
碧が指をさす方角に、サムとクラウディアは目を向けた。
すると、三人の仮面を被った男女がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「アイツらが敵か?」
サムの問いかけに、碧はコクリと頷く。
「間違いない。仮面こそ違うが、女の方は二度戦ったことがある。確かマリーナってヤツだ。
それに、一人だけ違う仮面をしている男…あいつも見覚えがある」
「マリーナ?その子は以前ここに来たことがあるわ!やっぱり敵だったのね?
そういえば、あの大柄の男…
この前ブレイヴ君を攫おうとした、アーミンって奴じゃないの!」
一方マリーナたちも、騒いでいるクラウディアたちに気付いたみたいだ。
『ヤハリ集マッテイタカ。怪異調査員レグルスノ仲間…。
奴ノ家エ向カッテ正解ダッタナ』
『まぁな!…おっ!あれは姐さんじゃないか!
おーい姐さん!元気にしてたかー!』
『…なに敵に声かけてるのよこの馬鹿は…』
クラウディアに向かって大きく手を振るアーミンに、
隣を歩いていたマリーナは呆れ果てていた。
そしてアーミンの行動に対し、クラウディアはというと…。
「うわっ…あいつ、思いっきり手を振ってきたわよ
やめてよねぇ…私、あのアーミンって人とはあんまり関わりたくないのよ」
「この場で倒してしまえば、これ以上関わることもないさ。
それにしても、気安く手を振ってくるとは、ナメた野郎だぜ」
そう言うと、碧はその場で剣を構えた。
「おっしゃ!トコトン大暴れしてやるぜっ!」
サムも右手に巨大ハンマーを持ち、臨戦態勢に入る。
今まさにヨーゲルの街で、壮絶な戦いが幕を開けようとしていた…。
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