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第十一話|旅行に行こう!
アルダナブにも、厳しい冬から春の芽が顔を出してきたようだ。
不思議なもので、あの二つの怪現象以来、大した事件も起こらず、
役所内でも、我々怪異調査員の窓口は、閑古鳥が鳴いていた。
そいういうわけで、暫くは息子とクラウディア、時々家に押しかけてくるサムと
平和な日々を過ごしていたのだが、
どうやら春になったことで、怪事件も冬眠から醒めたらしい。
久々の依頼が私に舞い込んできた。
「…と、いうことで、私はこれから事件のあった場所に行ってくる。
クラウディア、ブレイヴのこと、頼んだぞ」
「えぇ。気をつけてね」
…実はあれから、息子の様子が少しおかしい。
我々には元気そうに振舞うものの、学校ではずっと沈んだ表情のままだという。
余程雪山での一件がショックだったのだろう。
大切な友達を目の前で失ったんだ。無理もない…。
私は、息子の様子を気にしつつ、仕事に専念することにした。
…………
……
…
「ブレイヴ君、はい、お弁当」
「うん!ありがとうおばちゃん!」
「もう…おばちゃんはやめてって言ってるじゃない」
「だって、おばちゃん は おばちゃんなんだもん」
「う…で、でもほら、お姉ちゃん とか、色々呼び方あるでしょ?」
「えー?なんかヘンだよー」
そんな会話をしている限りでは、ブレイヴはいつものような元気な子にしか見えない。
しかし、時折見せる横顔が、どこか寂しげな様子を漂わせていると、
クラウディアはそう感じていた。
「…ねぇブレイヴ君。あなた、なんかムリしてない?」
「え…えぇ?そ、そんなことないよっ!」
「何か悩みごとがあるなら、
お姉ちゃんがなんでも相談してあげるわよ」
「だ、大丈夫だよおばちゃん!なんにも悩んでないよ…」
う…さりげなく“お姉ちゃん”を強調したのに、あっさりスルーされてしまった…。
いや、やっぱり何か隠してる。クラウディアは確信した。
「うそおっしゃい。なにかヒミツにしてるでしょ?お姉ちゃんには何でもわかるんだから!」
「ほ、ホントになんでもないってば!
あ!も、もうこんな時間だ!は、早く学校行かなくちゃ!」
「あ、ちょっと!」
「ごめんねおばちゃん、おれ急ぐから!行ってきまーす!」
「あ、ブレイヴ君!お弁当忘れてるわよー!」
しかしブレイヴは、クラウディアから逃げるように走り去ってしまった。
一体どうしたのだろう…クラウディアは最近のブレイヴの様子に
違和感を感じずにはいられなかった。
レグルスに訊いても、“仕事先でちょっと辛いことがあった”としか教えてもらえなかったし…。
これ以上本人に直接は訊けない。
やっぱりレグルスを直接問い詰めてやろう。
クラウディアはそう心に決めたのだった。
…………
……
…
「ただいまー!」
夕方になり、ようやく帰ってきたみたいだ。
…ブレイヴの方が。
「おかえりなさい。学校は楽しかった?」
「え?…あぁ、うん!楽しかったよっ!」
「……」
「……」
辺りに沈黙が広がる…。
気まずい。とにかく気まずい。
「あ、ああ!そうだおばちゃん!あのね、この前近くにケーキ屋さんが出来たんだ!
おれ、そこ行って見たんだけど、
やっぱりおばちゃんの作ったケーキの方がおいしかったなー!」
「あら、嬉しいわ。ありがと」
「あ、あとね、それから、えーとえーと…」
ブレイヴは必死になって、話題を探している。
多分、朝のように訊かれたくないからだろう。
「あ、あのねブレイヴ君、さっきはごめんね」
「ほぇ?な、なんのこと?」
「朝、ムリにつめよっちゃって…本当に悪かったわ」
「え…あ、あぁ!うん。大丈夫。気にしてないよ!」
そういうブレイヴだったが、やはりちょっと引き摺っていたようだ。
一瞬“あっ…”といった表情をし、声も若干震えているようにも聴こえた。
「え…えっとぉ…そ、そうだ!
ホラ!辛いこととかあったらさ、あのお友達になぐさめてもらっちゃいなよ!」
「あの…お友達?」
「ほらぁ、この子よ!こ・の・子!」
そう言って、クラウディアは去年作ったタンたんのぬいぐるみをブレイヴの前に差し出す。
「ひっ!」
「んー?どうしたのブレイヴ君?」
「た…んたん」
「え?」
「うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「あ、ブレイヴ君!」
タンたんの姿を見た瞬間ブレイヴの顔は青ざめた。
そして次の瞬間、泣き叫びながら、自分の部屋へと走り去ってしまった…。
「ま、また私、悪いことしちゃったのかしら…」
「……やってしまったか…クラウディア」
「えっ?…あ……れ、レグルス!」
「ただいま、クラウディア。しかし、まずいタイミングで帰ってきてしまったな…。
これは仕事よりも骨が折れそうだ…」
そう、私が帰ってきた時には、このような出来事があったのだ。
あの事件の詳細を聞かされていなかったクラウディアは、当然、私に問いかけてくる。
「レグルス!あんた知ってたんでしょ?ブレイヴの抱えてる悩みのことを!教えなさい!」
「わ、わかった…実はな…」
そして私はクラウディアに全てを打ち明けた。
謎生物タンたんが暴走したこと、
タンたんはUMAではなく、人工生命体であったということ、
そして…そのたんたんがブレイヴの前で死んでいったことを…。
「そう…そんなことがあったのね…」
「多分、あいつの最近の様子が変なのは、それが原因なのだろう」
「でしょうね…でも、それだったらどうして私に言ってくれなかったのよっ!」
「そ、それは…お前にはあのぬいぐるみを作ってもらったこともあったし、
真実を知ったらお前もショックを受けると思って、なかなか言えなかったんだ…」
「でも!……ふぅ…まぁ今更言っても仕方ないわね…。
うーん……そうだ!」
「ど、どうした?」
「今度みんなで旅行に行きましょ!気分転換が必要よ!
私、とっておきの場所を知ってるのよー」
「ふむ…旅行…か」
思えばこの冬も調べものに没頭してたから、旅行という旅行はしていないな…。
「わかった、そのことに関してはお前に任せよう」
「りょーかい!」
はてさて、どーなることやら…。
少なくとも、その旅行でブレイヴの心の傷を癒すことができればいいがな…。
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